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第8話 初夏

   「克也、お前やっぱりいいな」  聞き捨てならない台詞が聞こえた。振り返ると徳永って男が、かっちゃんの髪触っていた。  「かっちゃん、あいつ誰?」  「あいつって?ああ、徳永?同じサークルの」  「だから、そこじゃなくて。あー、もう、いらいらする」  本当に何に腹が立つのかよくわからないけれど、何かに腹が立っているのだ。  「かっちゃん、俺もう寝る」  「そう?じゃあ二階の階段の右奥、その部屋が陽向の部屋だから」  「陽向の」と言われたその呼び方の声のトーンにも腹が立ったし、簡単に部屋に向かわせようとしたかっちゃんにも腹が立った。外で「ひなチャン」と呼ばれるのは普段は嬉しくない、けど今日は別だ。どうしても特別だと知らせたかった。誰をけん制したいのか分からないけれど。  「おやすみっ!」  それだけ言うと、先に二階へと向かった。なんだよ海に連れて行くって、泊りで連れて行くって言ってたくせに。  冷静に考えると確かに泊りで海に連れて来てくれた。二人きりじゃなかったけれど。嘘はついていない。  かっちゃんは嘘はついてない、けれど何故か楽しくもない。バルコニーに出て、星空を眺めた、どこまでも続く深い深い海の底のような夜空に吸い込まれそうだった。  「消えろ、馬鹿野郎」  そう空に向かって毒づいて、でかいベッドのど真ん中に転がった。  翌朝、珍しく早くに目が覚めた。俺が朝早くに起きるなんて奇跡だ。そして、目を開けたその時に目の前に顔があって叫びそうになった。  「か、かっちゃんっ」  うつぶせになって隣に眠っていたのは、かっちゃんで。それが俺の目の前に顔があって、あれ?  「な、何で同じベッドで寝てんの?」  「んー?ひなチャン、おはよ」  「おはようってか、かっちゃん!ここっ、俺の部屋!」    「あれ?言わなかったっけ?俺と同室って?」  そうか、ここにはかっちゃんと俺だけか。え?俺とかっちゃん二人だけ?急に緊張してきた。どうしたら良いのか分からないくらいドキドキしている。  「かっちゃん、そ、その」  「ほら、起きるよ。着替えて、海は目の前だよ」  拍子抜けした。かっちゃんは俺をどうしたいんだろう。というより俺は一昨日からおかしくなってしまったのだろうか。   

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