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既視感
寮の自分の部屋に鞄を置き、エアコンの効いた共有スペースに行く。いつもなら、ゲームやテレビに興じる奴らが何人かいるのだが、珍しく誰もいない。
ミネラルウォーターを飲みながら床に座り、ソファの座面を背もたれにして天井を仰ぐ。壁際の大きなテレビが消えているのを初めて見た。
もうじき綿貫も戻るだろう。午後の炎天下を、自転車で、ましてや帰りは山登り。マウンテンバイクならともかく、ママチャリで。ご苦労なこった。
「自転車なんか置いて、一緒にタクシー使えばよかったのに」
せめて、いつもみたいに、僕が後ろの荷台からミストファンを脳天からぶっかけて冷やしながら行けば幾分違うだろうに。いつもみたいに、馬鹿な話でもしながら。いつもみたいに……いつも……。
そうだよ、いつも気が付けばアイツといる。友達、っていうか、親友だと思ってたんだ。二人でくだらないことで笑い転げてる。そんな時間が心地好かった……
このままがいいんだけどな。このままじゃ駄目なのかな。
高野が言ってたこと、考えなくちゃいけないと思ったけど、今は無理みたい。瞼を閉じてしまったら最期、泥のような眠気に抗うことはできなかった。
。 。 。 。 。 。
しばらくして、熱気が流れて込んできたので綿貫が帰って来たのだとわかった。
名前を呼ばれて、揺り起こされたけど、瞼が言うことを聞かない。
なんだ、なんか暖かいや。冷房で冷やされた腕に温もりが触れ、身体がふわりと浮いた。
僕も一応男なんで、お姫様抱っこだなんて思いたくない。背中と膝裏に通された腕で運ばれているのは心許なくて重心を内側に寄せる。綿貫だ。どうやらこの身は奴の胸板に重心を預けているらしい。こんなことに筋肉の無駄遣いしやがって。
……あ、この感じ、知ってる。いつだっけ、ついこの間なんだけど。えーっとえーっと。
ああ、四月に湯あたりした時?
源泉掛け流しが嬉しくて、調子に乗って長湯し、そのまま意識を失った。
今だから笑い話に出来るけど、誰も気づかなかったらと思うとゾッとする。
あの時は周りも大騒ぎで、僕の異変に気付いて適切な手当てをしてくれた人が誰だったのか、名前を聞き損ねたままだ。
あれって綿貫だったんじゃないか? 聞いてみたいのに、眠りの沼地は僕に体の自由を返す気はないようだ。
。 。 。 。 。 。
目が覚めると、自分のではないタオルケットが掛けられていた。
見知った景色。ここは……綿貫の部屋。
「あ、起きたか」
海の方から打ち上げ花火の音が聞こえた。
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