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第2話

○●----------------------------------------------------●○ ↓現在、以下の2つのお話が連載中です。↓ 毎日昼の12:00時あたりのPV数を見て、 多い方の作品をその日22:00に更新したいと思いますmm ◆『君がいる光』(幽霊×全盲の青年 ) https://youtu.be/VPFL_vKpAR0 ◆『春雪に咲く花』(探偵×不幸体質青年) https://youtu.be/N2HQCswnUe4 ○●----------------------------------------------------●○ 「幽霊……?」 相手の声のする方をまじまじと見つめ、春海は瞬きを繰り返す。手はまだ相手の顔(と思しきところ)を彷徨っていたが、そのうち指先の感覚がなくなるほど冷えてきて、のろのろと手を離す。 「……わかった、君の言うこと信じるよ」 ようやく指先に温度が戻ってきた頃、春海はこくりと頷いた。 今度は男が驚く番だった。 「信じるのか? 幽霊だぞ!」 まったく予想していなかった展開なのか、男の声は変に裏返っていた。 「だって君がそう言ったんじゃないか」 「そうだけど、まさか本当に信じるなんて思わなくて……この屋敷に住んだ他の人間たちは、信じなかったぞ。そのくせ俺がちょっと物を動かしたり、鏡の中に姿を現わしたら、すぐに逃げていきやがった」 「へぇ、それっていわゆる、ポルターガイストってヤツ? やっぱり幽霊ならできるんだ。すごいな」 「まあな、俺ほど年季の入った霊ともなると、この世の物に干渉するくらい訳ない。ただし、やったあとはごっそり体力が削られるが……って、冗談だろう!? 本当に信じているのか?」 きーんと耳鳴りがして、春海は耳を押さえた。 「疑り深い幽霊だね。そりゃ、確かに、目が見えていたら僕だってわからなかったけど……」 春海は、男の冷気が漂ってくる方に真っ直ぐ視線を向けた。 「正直な話、僕には君が幽霊だとしても、何だとしても関係ない。たとえ手足がもげていようと、顔がこの世のものとは思えないくらい凄惨なものだとしてもどうでもいい。もし君が僕の目のことを気にしない限り、僕も君が幽霊だという理由だけで差別したり優遇したりもしない」 「……貴様は……」 男は呆気にとられたように呟く。 「……阿呆か何かか?」 「あのね。せめて、人道的だと言ってくれ。それに──」 春海は、指先で自分の掌を撫でた。 「感じたんだ。さっき君に触った時。ほとんど冷気しかわからなかったけど、こう、薄い絹のような手触りのものが感じられた。滑らかで、ふわふわと揺れていて、温かくて……それで何となく、『あぁ、君は本当にいるんだ』って思ったんだ」 しばしの沈黙のあと、男が途方にくれたような、半信半疑な声音で聞いてきた。 「……貴様は……魂の感触がわかるのか?」 「魂の感触?」 はははと、春海の口元から小さな笑いが漏れる。 「そんな大げさな。確かに僕はこんな身体で普通の人より触感は優れているし、職業柄、布とか木とか石とかの手触りには敏感だけど、まさか、魂だなんてねえ?」 春海は肩を竦め、降参とでも言うように両手を上げる。 「とにかくだ。君は僕にどうして欲しいんだ?」 ここにきて自分がなぜでてきたのかを男は思い出したらしく、硬い声で言った。 「今すぐ出ていってくれ。ここは俺たちの家だ」 「俺たち? 他にもその……幽霊がいるのかい? 君みたいな?」 「貴様は知らなくていいことだ」 わずかに打ち解け始めた空気が一変、男の声音はまた冷たいものに戻ってしまった。 「いいか? 今日だけは見逃してやる。だが明日になったら、出ていくんだ。もし従わなかったら──」 男は一拍置くと、重々しく続ける。 「命がないと思え」 ふっと男の気配が消える。と同時に、辺りに満ちていた冷気も潮が引くように奥の座敷へと戻っていった。 バタン! 威嚇するように、あるいは警告するように大げさな音をたてて、座敷の襖が閉じられた。 「あっ、ごめん! そこは開けておいてくれないかな? 知らないで突っ込んじゃうから!」 咄嗟に叫ぶと、数秒後もたたないうちに、また勢い良く襖が開いた。 何とも気のいい幽霊である。 ※ 翌日、朝食を食べていると、さあっと冷気(霊気?)が奥の座敷から流れ込んできた。 「何でまだいるんだ!?」 声のした方に春海は笑顔を向ける。 「やぁ、おはよう。よく眠れたかい? もし幽霊も寝るならという前提だけど」 「阿呆か!? やはり、貴様は阿呆なのかっ!?」 ぽすぽすと空気が抜ける軽い足音がして、男が春海のいる卓の斜め横にドカリと座った。ひとさし指を春海の鼻先につきつける。 「すぐに出て行けと言っただろう!? 何、呑気に飯なんて食っているんだっ!?」 「今日は荷運びがあるんだ。食べておかないと体力が持たないし。あ、そうだ」 春海は旅行バッグから、桃を取り出し、男の座る卓の前に置いた。 「良かったら君もどうだい? 母が持たせてくれたんだ。彼女の実家が山梨なんで毎年、果物がどっさり送られてくるんだよ」 「~~!」 男の纏う冷気がカッと熱くなり、わなわなと震える。それに合わせて、卓の上の桃がゴロゴロと勢い良く勝手に回り出す。 「ご、ごめん。そんなに怒らないでよ。仏壇とかにもよくお供えしてあるから、てっきり幽霊(きみ)たちの好物なのかと思って。リンゴの方が良かった? それともミカン?」 「今は、幽霊(おれ)たちの好物の話をしている訳じゃない!」 男は今にも卓をひっくり返しそうな勢いで叫んだ。 「どうして、そう呑気にしていられるんだ! 荷物なんてどうでもいい! 早く出ていけ! 昨日、そう言っただろうっ!?」 「それはできないよ。何と言われようと。僕はここから出ていくつもりはない」 きっぱりと言うと、男は一瞬目を見はり、勢い良く立ち上がった。 「命がないんだぞ! 始めにここにきた男がどうなったか知っているだろう! 死んでもいいのか!?」 「そうだね。出ていくくらいなら、そっちの方がましかも」 「……は?」 男はぶんぶんと振っていた手をぴたりと止め、「正気か、貴様?」と聞き返した。春海は箸を揃えて置き、男と向き合う。 「これ以上ないほど正気だよ。僕にとってここを出ていくことは、死ぬのと一緒のことなんだ」 「何を言っているんだ……? 幽霊の俺が言うのも何だけど、生きている方がいいだろう?」 春海は、ふるふると首を振る。 「クオリティ・オブ・ライフだよ。あぁ、大正生まれだったっけ? 簡単に言うと、これは僕にとっての〝命の尊厳〟の問題なんだ。僕はここから出たら……死ぬ。死んだようにカゴの中で生きるしかない。だから何と言われようと、僕はここから出ていかない」 春海の瞳に初めて宿った激しいまでの光に男は圧倒されたのか、しばらく何も言わなかった。だがすぐにハッと気づき、バンと卓に手をつく。 「貴様、どこまで強情なんだ! そんな綺麗な顔していて!」 「顔なんて関係ないよ! 自分の顔なんて一回も見たことないし。それに貴様はやめてくれ。僕には三田春海っていうちゃんとした名前があるんだから」 ぴくりと男が反応する。 「三田、春海? 三田? それ、どこかで聞いたことがあるような……」 「別に珍しい名字じゃないからね。そうゆう君は何て言うんだい? 幽霊にも名前はあるだろう?」 「え、俺か? 俺は──」 男は座り直すと、ピッと姿勢を正した。座敷の隅々にまで届くような朗々とした声で言う。 「俺は青島(あおしま)久周(ひさのり)。日本帝国海軍士官生の青島久周だ」 「海軍? じゃぁ、もしかして丹波さんが言っていた軍服の幽霊って……」 「丹波?」 「いや、何でもないんだ。こっちの話」 春海は、誤魔化すように箸を手に取った。 日本帝国、海軍、士官生? まったくどこの映画の世界だ? 「ええっと、それで? 君は何で亡くなったんだい?」 言ってしまってから後悔した。再び箸を置き、頭を下げる。 「ごめん、やっぱり言わなくてもいいよ。幽霊たちにとって、これはデリケートな問題かもしれないしね。僕もよく『何で目が見えなくなったの?』って聞かれるけど、その度にどう答えていいか悩むからわかるんだ」 春海の必死のフォローにも関わらず、久周は、 「でりけーと? とは何だ?」 と、子どもみたいな声で尋ねてきた。 「ええっと、デリケートっていうのは、何て言うか繊細と言うか、配慮が必要というか……」 自分で言っていて気分が悪くなった。つまり、それは自分も他人からしてみれば「繊細で配慮が必要な人間」だということだ。 久周が力なく首を振る。 「……わからない、俺はどうして死んだのか……覚えていないんだ。気がついたらここにいて……」 いつもの自信に溢れていたものと違って、久周の声は弱々しくかすれていた。 「ただ一つ覚えていることといえば、ここで悲惨なことがあったということだ。畳や障子、全てが血で染まり、何人もの村人がここで息絶えていた。あれはまるで……地獄のようだった……」 「え……ここで?」 さあっと、冷たいものが春海の背筋を駆け抜ける。畳についていた手を、反射的にパッと離してしまった。 それを見た久周が重々しく頷く。 「だから言っただろう? ここには深い怨念が染みついている。これ以上、怖い思いをしたくないのなら、今すぐ荷物をまとめろ」 一瞬考えてしまった春海だったが、答えは決まっていた。 「それは……できないよ。今帰ったら、母に何て言われるか!」 バンと卓が一度大きく揺れた。卓の上の桃がひゅんと宙に横切り、庭先まで飛んでいく。ボールだと勘違いしたセナがワンワンと追いかけていく。 「なら、勝手にするんだなっ! 俺は警告したぞ! あとは何があっても知らないからなっ!」 冷気がさあっと引いたと思ったら、バタンと奥の座敷の襖が乱暴に閉まった。だが数秒後、また乱暴に開く。 春海は天井を仰ぎ見ながら、額に手を当てた。 「何か……とんでもない一人暮らしになっちゃったな……」

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