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第3話

○●----------------------------------------------------●○ ↓現在、以下の2つのお話が連載中です。↓ 毎日昼の12:00時あたりのPV数を見て、多い方の作品をその日22:00に更新したいと思いますmm ◆『君がいる光』(幽霊×全盲の青年 ) https://youtu.be/VPFL_vKpAR0 ◆『春雪に咲く花』(探偵×不幸体質青年) https://youtu.be/N2HQCswnUe4 ○●----------------------------------------------------●○ 荷物は昼前に届いた。少し遅れて、ヘルパーとご近所さんたちが助っ人に来てくれる。 「三田さんっ、大丈夫でしたかっ!?」 玄関で業者を見送っていると、バンが止まる音がして、丹波が勢い良く駆け込んできた。息が少し上がっている。どうやら、心配して駆けつけてくれたらしい。 春海の口元に、自然と笑みが浮かぶ。やはりあの自称幽霊は、集落の人のイタズラではなさそうだ。荷物運びに来てくれた人たちもみんな、快く手伝ってくれているし。 「ありがとうございます。おかげさまで何ともなかったです」 「本当ですか!? 良かった。実は私、昨日、管理会社の方と連絡をとったんです。三田さんと契約している会社より前の前の会社なんですけど……」 丹波は春海に近づき、内緒話をするように口元に手を当てた。 「何でも、この建物の元の担当者が言うには、以前の持ち主が引っ越してからすぐ、色々変なことが起こり始まったんですって。軍服の男の話はしましたよね? それ以外にも手のない老人が鏡に映ったとか、夜中に廊下で何人もの人の足音や呻き声が聞こえたりとか、後ろから突き倒されたりされそうになったりとか……」 くすっと吹き出しそうになってしまった。丹波の話はあまりにも突拍子がなさすぎて、現実味がない。 そもそも生まれてこのかた、幽霊どころかホラー映画も観たことがないのだ。今の丹波の話を聞いても想像できるのは、白いシーツがふわふわと暗闇に浮いているくらいのものだ。 (でも、あの人──久周だったか、彼はどんな姿をしているんだろう……) ちょっと見てみたいかも、と考えてしまった自分に気がついて、ぶんぶんと首を振る。 「とにかく、今のところは全て順調にいってますから大丈夫です」 にっこり微笑んだ春海を見て、丹波はやっと納得したように息を吐いた。 「そうですか。わかりました。変に騒いでしまってすみません。でも三田さん担当の不動産屋さんにはちゃんと文句言っておきますね! 事故物件を故意に隠した場合は告知義務に反して──」 ギョッと身を引き、両手を振る。 「ご心配なく。もし本当に幽霊が住んでいたら、僕の方からクレームをいれますから」 一体、自分は何を言っているのだ?、と春海は心の中でツッコミを入れる。 もし自分みたいな人間がクレームなんかしても、「本当に見たの? あんた見えないでしょ?」と言われて終わるのがオチだ。 だが、問題はない。そんなクレームは一生する気はないのだから。一生。 昼になり、事前に頼んでおいた仕分け屋さんが弁当を持ってきてくれた。 「わざわざありがとうね」 坂を一本下りた所に住んでいるトミ(七十四才)が縁側に腰かけながらお茶を啜った。他の座敷や縁側でも、手伝いに来てくれた住人たちが弁当を食べてたり、休憩したりしている。ヘルパーたちは、その間でお茶を配って回っていた。セナは庭のサルスベリの木の陰で、気持ちよさそうに昼寝中だ。 「いえ、こうして手伝いにきていただいて、本当に助かっていますから」 「若いのにしっかりしているね。都内に住んでいる孫にも見習わせたいくらいだよ」 「いえいえ、こんな身体なので、人様の世話になることがしょっちゅうで」 トミは労るように頷くと、後ろの座敷を振り返った。 「でも、まさかここがこんな明るい所だとは思ってもみなかったね。小さい頃はよく幽霊屋敷だって言って、度胸試しに来ていたものだけど」 そこへ、通りすがりの三軒隣のタネさん(六三才)が入ってくる。 「そうそう親にバレると、ものすごく怒られてね。そういえば屋敷の中は改装したのかい?」 「はい。バリアフリー用に少しだけ。でももともと改装する必要がないほど綺麗でした。業者さんがずっとメンテナンスしてくれていたんでしょうね」 「いや、それよりも前だよ」 タネが間髪入れず言う。 「ここの前の持ち主の青島家の当主がね、ずっと管理していてね。まるでいつでも人が住めそうな──というか、まるでもう誰かが住んでいるみたいに頻繁に掃除などしていてね。それなのに、頑として人に貸したりする気配がないから不思議に思っていたんだよ」 「まるで何かを隠しているみたいだったよね。掃除屋が来る時も老人ですら寝ているような早朝でね」 「そうそう。一時期、子どもの間でも有名になったよね。この屋敷には財宝が隠されているんじゃないかって。戦後の闇市場でもうけた金がここに隠されているとかって。ほら、あの青島の孫息子もじいさんが危篤のあと急に来て、色々調べていただろう。屋敷とか離れとかの物を出しては、床とか壁もひっぺがしててさ。どうせあれも財宝目立てだろう。あの息子は素行が悪くて有名だったから、じいさんの遺産から外されそうになって、ちょっとでもおこぼれに与ろうとしたんじゃないか」 「それであんなことになっちまったんだから、欲は出さない方がいいもんだね。まぁ、うちらの集落と青島じゃ、もう何の繋がりがないから関係ないけどね。いくら東京で成功したとは言え、金だけ寄越して、こっちには一切見向きもしなくなって」 「あ、あの……」 ペチャクチャ勢い良く話す二人の会話に、春海は勇気を出して飛び込んでいった。 「あの、貴方たちは知っていますか? この屋敷で昔起こった事件とか? その……村人が何人も亡くなったとか?」 二人は顔を見合わせ、双子のように首をひねった。 「さぁ? 確かに私らの親たちはこの屋敷のことになると『二度とその話をするな』って異常なくらい口を閉ざしていたけど」 「昔の田舎なんて、どこもそんなもんだったけどね。何か集落に不都合なことがあると、全部中で処理しちまってね。新聞どころか駐在さんの耳にも入らないなんてことがよくあった。まぁ、今は携帯だのパソコンだのがあって、そうゆうのはなくなったけど。ここに住んでいる人たちも、だいたいが外の者だし」 「じゃぁ、この屋敷について詳しく知っている人はいないということですか?」 「それならイネさんに聞いてみるといいよ」 トミが屋敷の西隣を指さした。 「隣のばあさんだよ。戦前から、ずっとそこに住んでいたから何か知っているかもよ。もう齢九十で、お嫁さんの話によると耄碌し始めているらしいけど、何か覚えているかもしれない」 ※ 「うわっ、何だそれっ!?」 夕方になり、ボランティアの人たちが帰ると、久周がどこからともなくどろんと居間に現れた。春海はつけていた冷房のスイッチを消す。久周がいるとエアコン代が浮くからラッキーだ。 「朝も思ったけど、君は時間ところ構わずなのかい? 普通、幽霊というのは、夜にでるものじゃないの? まぁ、僕には昼夜の違いはあまり重要ではないけれど」 春海は冷えすぎた空気を中和するために、縁側のガラス戸を開ける。 山から下りてくる風と湖から上がってくる風が合わさって、屋敷の周りはいつも清涼な空気で満たされていた。 庭には金木犀の凜として艶やかな香りが満ち、裏の林で少し気の早い虫たちがリンリンと鳴いている。 全盲の春海にとって、昼と夜の違いは明るさではなく、匂いと音、あと気温の違いくらいだ。 だからこそ、幽霊が怖いという感覚もいまいちピンとこない。 人の、妖怪やおばけに対する恐怖は、言い換えれば「闇」に対する恐怖だ。 「何も見えない」。「何か潜んでいるかもしれない」。 そういう本能的な恐怖が、人間の脳に妖怪やおばけやらを幻出させる。 だが春海にとって、闇は身体の一部。生まれた時から常に目の前にあるもの。 だから闇は怖くないのだ。そして幽霊も。 (それに、僕が初めて会った幽霊はこんなんだしな……) 春海は、卓の斜め隣──既に定位置となりつつある場所に当たり前のように座った久周に意識をやった。 慣れというのは恐ろしいもので今では、久周がどこにいるのか冷気の濃さで何となくわかるようになった。 「……で、何なんだ、それは?」 久周が卓の上の小袋を指差した。声音に、警戒と好奇心が入り交じっている。 「これ? 御守だよ。丹波さんが念のためにって作ってくれたんだ。塩入り特別ブランド」 「うわっ! こっちに向けるなよ! 身体がピリピリするっ!」 身体なんてないくせに、と春海は言いかけ、可哀想なので御守を引っ込めた。自分には痛がる幽霊を見て喜ぶ趣味はない。 春海は御守を、常に身につけているウエストポーチの中に入れる。ここには他にも障害者手帳などの非常用の物が入っていて、寝るときであっても肌身離さずつけているものだ。 「で、さっきも言ったけど、何で君はここにいるんだい? そんなに昼夜問わずひっついて僕が何もしないように監視でもしたいのかい?」 「そんなんじゃない。俺だって昼間に出てこられるなんて初めて知ったんだ。今まではこんなことなかった……」 ふっと久周は顔を上げ、神妙な声で言う。 「どうやら俺は貴様にひかれているらしい」 「ふうむ?」 突然の告白に、喉から変な音が出てしまった。動揺を隠そうと、お茶を啜る。久周の方は、自分の言ったことに特に頓着していない様子で続ける。 「どうやら俺と貴様は波長が合うらしい。気がつくと貴様がいるところに引っ張られている。昼夜関係なく」 「? 波長?」 「あぁ、人間同士に個体差があるように、幽霊にも違いはある。生きていた時代や死に方や怨念の深さによって。たとえば縄文時代と戦国時代の幽霊が出会ったりはしないのもそのためだ。そもそも幽霊が幽霊とつるむことなんて滅多にない」 「へぇ、みんな独立心旺盛なんだね。いいことだ。やっぱり人間は──元人間でも一人で生きられるようにしなきゃね」 「貴様はたまに、というか、いつも変なことを言っているな」 「そうでもないさ。でも、何で僕たちのその、波長が合うんだい? 僕は一応、生きている人間なんだけど」 「さあな。俺もよくわからない。さっきも言ったけど、こんなことは初めてで」 「ふうん。じゃぁ、他の幽霊たちは? ここに住んでいる他の幽霊たちも、そのうち場所時間かまわず、出てくるようになるってこと?」 「それはないと思う。もし彼らとも波長が合えば、既に出てきてもおかしくないはずだ」 「そもそもの話、本当にこの屋敷には、君以外の幽霊はいるの?」 「いる。俺と同じくこの屋敷に縛られている。いたるところで気配を感じるんだ。ただ俺とは波長が違うから、奴らが俺に近寄ることはできないし、俺が奴らに近寄ることもできない」 「ということは、つまり、君と彼らとでは死んだ時期や、死んだ方法が違うから、ってこと?」 久周は頷き、すぐに横に首を振った。 「たぶん……いや、わからない……俺は自分がいつ死んだのか、どう死んだのかも、覚えていなくて……」 久周は周りを見回す。春海は、相手を取り巻く冷気が風で揺れる蝋燭のように朧気になったのを肌で感じた。 「俺は……気がついたらこの屋敷にいて、囚われていた。長い時間を一人、ただこの中を彷徨い続けて……外に行くこともできない」 「ここで……? ずっと……?」 ドクドクと、春海の心臓が肋骨の中で痛いほど暴れる。 一生、囚われたまま。 それは、春海にもなじみのある感情だった。 自分もまた、生まれてからずっとカゴの中に閉じ込められたままだった。母や医者、ヘルパーたちが作る、優しいがとても強固な籠(カゴ)──加護。その中で、自分は何もできないか弱い鳥なのだとずっと言い含められてきた。 外に出ればカラスや鷹、高いところを自由に飛び回っている猛禽類に捕って喰われてしまうのだと。 (でも、それは違う) 自分はこうしてカゴの外に出ることができたし、たとえこの平穏が嵐の前の静けさだとしても、自分は今、とても幸せだ。自由と希望に満ちている。 (この気持ちを、久周にも知って欲しい) たとえ幽霊だということで──いや、どんなことでも自由のハンディキャップにはなって欲しくない。少なくとも、自分はそうだと信じたい。 「……もし、君が過去を思い出せば、君は自由になることができるのかい?」 久周はハッと顔を上げた。 「あぁ、そうすれば俺はここから出ることができる」 春海は気がついたら、大きく頷いていた。 「……わかった。じゃぁ、僕が君の記憶を探すよ」 「……え?」 「もちろん、タダでとは言わないよ。その代わりと言ってはなんだけど、君も僕がここにいることを許して欲しいんだ」 「……なるほど、そう言うことか」 久周は春海の提案を天秤にかけるように、しばらく考え込んでいた。 びゅおおと後ろの森から降りてくる風が強くなり、屋敷の窓を一斉に揺らす。湿気の匂いがするから、もしかしたら明日は雨かもしれない。 「……わかった」 しばらくしてから、久周はゆっくりと頷いた。 「取引しよう。貴様は俺の記憶を探してくれ。その代わり俺は、他の幽霊が近づけないように貴様を守ろう」

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