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第12話

○●----------------------------------------------------●○ ↓現在、以下の2つのお話が連載中です。↓ 毎日昼の12:00時あたりのPV数を見て、多い方の作品をその日22:00に更新したいと思いますmm ◆『君がいる光』(幽霊×全盲の青年 ) https://youtu.be/VPFL_vKpAR0 ◆『春雪に咲く花』(探偵×不幸体質青年) https://youtu.be/N2HQCswnUe4 ○●----------------------------------------------------●○ 丹波が屋敷まで送ってくれた時、既に時間は夕方五時近くになっていた。丹波にお礼を言ってから、バンを見送る。 エンジンの音が聞こえなくなっても、春海は家には入ろうとは思わなかった。屋敷の周りを時間を稼ぐようにゆっくりと回る。セナは文句言いたそうに鼻を鳴らしていたが、さすがはプロ、完璧な誘導をしてくれる。 正直言って、久周と顔を合せる覚悟がまだできていなかった。 ——彼は本当に村人を殺したのか。青島の孫息子を殺したのか。 もやもやした気持ちが、胸の中に巣くい疑惑の影を大きくしていく。 日が完全に落ちてきたのか、肌寒さが増した。風が出てきて、屋敷の背後の森が夜の動物と虫の声とともに音をたてる。 歩き回るのに疲れた春海は、屋敷の隣の空き地を取り囲むブロックに腰を下ろした。 泡立て器で引っ掻き回されたような頭を整理しようと試みる。 考えれば考えるほど、全ての原因はあの夢だという気がしてくる。 縁側で離す二人の青年。暗闇の中、掲げられたトーチ。血に染まる座敷。 あれを、ただの夢だとしてしまうのは簡単だ。普通の人にとっては。 だが春海は違う。生まれてこの方何も見たことのない春海が、あんなにも鮮明な画の夢を見ることは不可能だ。何か不可解な力が働いていない限りは。 久周が蔵で見せてくれた光景をハッと思い出す。あのよくわからない夢たちは、久周が春海の頭に直接流してくれた映像と感覚が似ているような。 (また、久周か……) もしあの夢が仮に本当のことだとしたら、久周はなぜ、何から逃げていた? 誰を連れて? ふいに以前、夢の中で見た片目の青年の顔が思い浮かぶ。 彼が何のために屋敷に閉じ込められていたかは知らないが、もし彼が逃げ出そうとしたら? 久周がそれを助けようとしていたら? ありえないことではない。 縁側で話していた久周と彼は、とても仲が良さそうに見えた。互いを見つめる目には、友情以上の何かが流れているような気がした。 ぎゅうっと、胃がねじれたように狭くなる。 その時、ポーチに入った携帯電話がブルブルと震えだした。びくり飛び上がった春海だったが、サティのジムノペディを聴いて安堵の息をつき通話ボタンを押す。 「やぁ、(けい)。元気かい?」 「おかげさまで。そっちは、どう? うまくいってる?」 「大丈夫。うまくいっているよ」 そう言う以外、何があっただろう。同居している幽霊が、もしかしたら大量殺人犯かもしれないなんて、どこに口がついていたとしても言えない。 だが慣れしたんだ友人の声を聞いていると、尖っていた神経が少なからず落ち着いてくるのを感じた。 「それより、どうしたんだい、急に?」 「こっちの準備も整ったから、そろそろアトリエに置く備品や素材を運ぼうかと思って。明日はどうかな?」 「明日? 随分急だね。でも、うちは——」 幽霊屋敷だから来ない方がいいかもよ、と言ったら、即刻母親に連絡がいって連れ戻されるに決まっている。なんせ奎は春海の母親お気に入りの『春海お()り隊』のメンバーなのだから。もちろん、良い友達であることにも変わりはないのだが。 しかし今は、連れ戻される以上に、あの屋敷で一人——いや、久周と二人っきりでいたくないのも確かだった。 「……わかった。僕の側から離れないことを約束してくれるなら、大丈夫だと思う」 「春海、君……」 奇妙な沈黙ののち、奎はごほんと咳をすると、妙に事務的な口調で続けた。 「わかった。じゃぁ、詳しい時間がわかったら連絡するから」 「よろしく頼むね。面倒かけて悪いけど」 「お安い御用だよ。友達じゃないか」 ピッと電話が切れ、ようやく家に戻る決心がついた。 今晩を乗り切れば、明日には奎が来るし、奎が帰るついでに久しぶりに実家に帰ってもいい。もしかしたら、そのまま一生戻ってこられない可能性もあるが。 それでも今は、久周と距離を置きたかった。 「ただいま」 できるだけ自然を装って、ガラリと玄関の戸を開ける。 しーん。屋敷の中は沈黙の闇に沈んでいた。 いつもだったら久周が「進展は?」と出迎えてくれるのだが、今日はそれもない。 一瞬、残念に思い、すぐに安堵する。そして、また気分が落込んだ。 自分は一体、何を望んでいるのだろう? 久周に会いたいのか? 会いたくないのか? なるべく音を立てずに、居間へと向かった。座敷に入る襖からは、わずかにテレビの音がもれ伝わってくる。 そういえば今日、家を出る前に久周が「つけておいてくれないか」と言っていたのを、すっかり忘れていた。 「久周……?」 ガラリと障子を開けるが、返事はなかった。座敷には冷気が満ちていたが、久周がどこにいるのかまではわからなかった。おかしな話だ。昨日の朝は、あんなにはっきりと感じることができたのに、今は自分の心と同じく何かもが不安定だった。 「久周……? いるんだろう? 驚かそうとしても無駄だよ」 キョロキョロと座敷を見回していると、不安が徐々に頭をもたげてくる。 久周は一体、何をやっているんだ? 座敷の中にいることはわかっている。なのに、なぜ出てこない? 声をださない? もしかしたら、自分を監視しているのか? 孫息子のように殺すために……? 「——こっちだ。すまん、集中していて気がつかなかった」 テレビの方から久周の声が聞こえてきて、びくりと肩が上がった。 「どうしたんだ? そんなに驚いて」 「な、何でもない……ちょっとぼおっとしてて……」 春海はバクバクいう心臓を落ち着かせるためにセナを縁側に連れていき、呼吸を整えてから居間に戻った。久周は、まだテレビの前でじっとしていた。 震えそうになる声を整え、気軽な感じで尋ねる。 「もしかして、僕が出てからずっと見ていたのかい? そんなに面白い?」 「いや、別にそうゆう訳じゃないけど……」 久周は言葉を濁すと「それより進展は?」と話題を変えてきた。春海は帰りのバンに乗っていた時から考えていた言葉を口にのせる。 「何もなかったよ。神社自体、今は全然、使われてなくて」 「……そうか」 それだけだった。しんとした居間に、テレビから流れるナレーターの声が響く。 「もっと聞かなくていいの?」 と春海は言いそうになって、慌てて口を閉じた。 もしかしたら、久周は記憶を思い出したくないのかもしれない。記憶を思い出して、自分の血なまぐさい過去を直視するのが……いや、そもそも、記憶を忘れているというのは本当なのだろうか? (——ダメだ) 今の自分は本当に嫌な奴だ。 久周には色々世話になったというのに。たとえ久周が過去に何をしていても、彼が自分に一生の宝物をくれたことは何も変わらない。 裏切られた。 なんて、思う資格は自分にはないのだ。 それでも、しくしくと痛む胸はどうにもできなかった。 初めてだった。他人のことを考えて、こんな気持ちになるのは。 今までは、どうしたら人並になれるのか、どうしたら人に迷惑をかけないでいられるか、自分のことだけで精一杯だった。 苦しい。他人のことを考えるのは、こんなに苦しいことなのか。 春海はくるりと後ろを向くと、寝室につながる障子に手をかけた。 「ごめん。今日はもう疲れたから寝るよ」 「大丈夫か? 飯は? 抜いたら強制送還になるんじゃないのか」 「大丈夫。もしそうなっても、自分の責任だから」 久周がたじろいだのが空気でわかった。 「……春海? お前、どうしたんだ?」 だが春海は襖を閉める音で聞こえなかったふりをして、寝室として使っている座敷に入った。 布団についても中々眠れなかった。眠っては起き、眠っては起きを繰り返す。何度か夢を見たが、目が覚めた時には覚えていなかった。だが嫌な夢だということは、背中にびっしょりかいた汗でわかった。 「……はぁ」 ため息をついて、額の汗を拭う。手元の時計を触ると、まだ午前二時だった。久周はまだテレビを見ているのか、わずかに開いた襖からかすかに音がもれていた。 ズッズッズッ……。 その時、廊下で鈍い音がした。 何かを重たいものを引きずっているような音だ。いや、違う。これは片足をひきずっている足音だ。 『苦しい。助けてくれ……』 木枯らしのように低く、かすれた唸り声が廊下から響いてきた。ハッと布団から身体を起す。 『何でこんな……』 『どうして私たちだけ……』 気がつくと、廊下側の障子の先で無数の足音が行き交っていた。男性、女性、子どもと思われる声が不気味な不協和音を作る。 「……ッ」 ガタガタと歯列が鳴り、春海は両腕でギュッと自分自身を抱き締めた。 どうしてここが幽霊屋敷と呼ばれているのか、今更ながらに実感した。確かにここにはいる。幾人もの住人が。 「だ、誰か……!」 すすり泣きのような声が喉からもれる。だが、誰もいないことはわかっていた。 なぜって、自分は一人暮らしなのだから!

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