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第14話
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↓現在、以下の2つのお話が連載中です。↓
毎日昼の12:00時あたりのPV数を見て、
多い方の作品をその日22:00に更新したいと思いますmm
◆『君がいる光』(幽霊×全盲の青年 )
https://youtu.be/VPFL_vKpAR0
◆『春雪に咲く花』(探偵×不幸体質青年)
https://youtu.be/N2HQCswnUe4
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業者の人たちを見送りアトリエの後片付けをしていたら、すっかりと夜になってしまった。
卓についた奎の前にお茶を置く。
「奎は、この後はどうするの? 帰るのかい?」
「うーん、二時間だから帰れないこともないけど……」
一拍の間があり、奎が躊躇いがちに切り出す。
「良かったら泊まっていってもいいかな。どうせ明日は休みだし」
春海は、自分のお茶を持つ手を止めた。
「ええっと、もしかしたら夜中に変な物音がするかもしれないんだけど……」
「鼠でもいるのか? それならなおさら、明日にでも駆除業者を呼ばないと」
奎は居間を見回し、真剣な声音で言う。
「なあ、本当にこんな何にもない辺鄙なところで一人暮らしなんて大丈夫なのか? もし家を出たいだけなら僕のアパートの隣が空いているし、盲導犬なら許可してもらえるだろう。そしたら何があっても僕がすぐに駆けつけられるしで、ご両親も安心するだろう」
「ありがとう。でも大丈夫だよ。自分一人でやれるか試したいんだ。君が隣にいたら甘えてしまいそうだし」
「別に甘えてくれてもいいのに……」
奎はぼそりと呟くと、「まぁ、わかったよ」と腰を上げた。
「ちょっとお手洗い借りるね」
「あ、待って。僕も一緒に行くよ。洗面所に用事があるし」
立ち上がろうとすると、奎が障子の前でピタリと止まった。
「君……本気?」
「本気って、何が?」
「電話で言っていたことだよ。離れないとかなんとか」
「ええっと、一応……」
幽霊が出ると危ないからね、と言えたら、どんなにいいことか。
代わりの良い答えを探していると、奎がくすりと笑い、春海の前に膝をついた。相手の顔から何かを見つけ出そうとするかのようにジッと見つめてくる。
「わかっているよ。本当は人恋しいんだろ? 誰でも一人暮らしをしたら、そうゆう時がある。僕もね」
「ええと」
さて、何て答えたらいいものか。曖昧に首を捻る。
「……そうかも?」
「——ほんと可愛いな」
ぼそっとした呟きとともに、ふわりとミントの匂いのする吐息が近くなった。
「奎? どうしたの? 何をしているの?」
ハッと息を呑む音が聞こえて、奎は慌てたように立ち上がった。
「何でもない。すぐに戻ってくるから、ここで待っていて」
奎は足早にトイレのある方に消えていってしまった。
「なっ、何なんだ、あいつはっ……!」
ブリザードのような冷気が吹き荒れ、久周がどこからともなく現れる。
「今の、見たか!? あいつ、あいつ、お前の顔を舐め回すように見ていた! 特に、くち、唇……!」
「あぁー!」と、久周はホラー映画の幽霊のような雄叫びを上げた。だが何も答えない春海を見て、はたと腕を下ろした。
「……ごめん、ちょっと感情的になりすぎた。さっきも……」
春海は首を振る。
「いや、僕こそ、ごめん。何か自分に関係があるかもと思ってしまって、すこし結論に急ぎすぎていたみたいだ」
「いや、春海は正しいかもしれない。あれから少しだけ思い出したんだ。俺たち、祭りの前のある日、集落の長老たちが話しているのを盗み聞きしてしまったことがあった。その時は何のことかまったく検討がつかなかったけど、考えてみれば何となく思い当たる節があった。度々、いなくなる集落の人々……その時はてっきり疎開したものかと思っていたが……でも、一緒に聞いていた深影は気がついていたのかもしれない。自分もそうなる運命だということを……」
無理矢理感情を押し込めた声音に、春海の方が喉をキュッと締め付けられたように感じた。
「それで……彼は一体、どうなったの……?」
「わからない……思い出せないんだ。でも、俺はずっと彼を探し続けて……」
久周はふるふると首を振ると、顔を上げ、辺りを見回した。
「春海の言っていることが本当だとしたら、この屋敷にはもしかしたら何かあるのかもしれない。生け贄となった人を誰にも知られず……川に連れて行く方法が。それがわかれば深影のことも何かわかるかもしれない」
それ以上聞きたくなかった。春海は「わかった」と頷いて、卓を立つ。
「とにかく、今日は奎がここで何事もなく過ごせるように見ておかなくちゃ」
今の状況を思い出したのか、久周がハッと卓に手をつけた。
「いや、駄目だ! 今すぐあいつを追い出せ! でないと、今夜も幽霊が出るぞ! いきすぎた執着は、負の気を呼ぶ!」
「執着? 確かに奎は過保護なところはあるけど、それは善意からで——」
その時、洗面所の方から「ぎゃああーー」と叫び声が聞こえてきた。バタバタと足音が響き、勢い良く障子が開く。
「せ、洗面所の鏡に手足のない老人がっ——……」
居間に戻るなり奎は息を飲み、ワナワナと震える指で春海の隣を指差した。
「だ、誰だ、そいつはっ……! 何で透けて——」
ふらりと身体が傾き、そのまま奎は意識を失ってしまった。畳の上でぴくりとも動かない男の身体を見下ろし、久周はがため息をついた。
「そら、見たことか」
※
「つまり、ここは……幽霊屋敷と言うことか?」
頭のたんこぶにタオルをあてながら、奎は正気を疑うように春海を見た。その隣にいる久周には絶対に視線を向けない、という強烈な意志が見えない春海にもひしひしと伝わってくる。
「まぁ、そういうことだね」
「そういうことって、キミは知っていたのか!? こいつらのことを!?」
奎は久周を指差した。もちろん、視線は向けずに。
「いや、引っ越してくるまでは全然。本当にびっくりしたよ。念願の一人暮らしだって時に、同居人がいるなんて。しかも幽霊の」
「の割には、あっさりしてけどな。普通だったら、こいつみたいにぶっ倒れるか、叫んで逃げるかが、幽霊を見た時のホラー映画鉄板リアクションだと思うんだが」
「久周、君はテレビの見過ぎだよ。ホラー映画ばっかり観ていると、眠れなくなるよ。それにリアクションなんて言葉も、どこで覚えてきたんだか」
「幽霊の俺が寝ると思っているなら、相当なボケだな。お前は」
あははと、笑い合う久周と春海を見て、奎は拳を卓に叩きつけた。
「……笑い事じゃないんだぞっ!」
ガタリと卓から立ち上がった奎は、むずりと春海の腕を掴むと、そのまま引きずるように玄関まで連れて行く。
「奎!? どうしたんだよ、急に!」
「いいから! 早くここを出るんだっ!」
足元がもつれ転びそうになった春海は、意志に反して奎の手をぐっと握ることしかできなかった。
「春海!」
後ろから久周の声がかかる。振り向いた春海は、掴まれていない方の手を思い切り伸ばす。
「久周!」
だが二人の指先が届く寸前、間で玄関の戸がぴしゃりと閉まった。
「奎、待って! もう少し、ゆっくり歩いてくれないか!」
どれくらい歩いただろう。辺りは見知らぬ匂いに満ちていて、風の音さえも聞き慣れないもののように感じた。
不安にかられた春海は、相手の手を引く。だが、奎は立ち止まらなかった。春海の方を振り返ることもなく、足早で歩き続ける。
一瞬、手を離そうかとも思った。でもできなかった。そんなことをすれば最後、自分はよくわからない道に一人、放り出されてしまう。セナもいない白杖もない今、望んでいようといまいと、奎の手だけが命綱だった。
「……わっ!」
足元の小石に躓いて、ぐらりと身体のバランスを崩す。襲いかかる衝撃を予想してぎゅっと目を閉じたが、いつまでもそれは訪れなかった。
「……ごめん……大丈夫?」
気がついたら、奎の腕の中に抱きとめられていた。彼は春海の身体を起すと、どこにも怪我はないか確認する。
「ごめん、ちょっと考えこんでで気が回らなかった」
「いいんだ。でもまさか、君がそんなに幽霊が苦手だなんて知らなかったよ」
にやりと笑ってみせたが、奎は鋭く息を飲んだだけだった。
「……君は何もわかっていないっ!」
夜の澄んだ空気に、奎の怒声が反響する。
「いいか! 君は騙されたんだ! 不動産屋は君の目が見えないことをいいことに、あんな不良物件を売りつけたんだぞ!」
奎の手が、春海の両肩をがしりと強く掴む。
「やっぱり君を一人にしておくことはできない! 今すぐ帰ろう! 僕のアパートに来るんだ! 君の世話は僕がする!」
「世話って……」
カッと目の奥が赤くなる。喉がわなわなと震えて、中々言葉にならない。
「ぼ、僕だって一人の成人男子だ。一生、誰かの世話になんてなっていられない」
「君は男である前に障害者だ。こうゆう言い方をして申し訳ないけど、それは事実だ。だから人の世話になるのは、恥ずかしいことじゃない。君にはその権利がある」
するりと、奎の手が春海の手の甲まで降りてくる。細い指先が、春海の手に巻かれた包帯を撫でる。
「こんな怪我までして一人暮らしをする必要はないんだ」
ぶるりと身体が震えた。相手に対する怒りと、それ以上に自分に対する情けなさで身体がいっぱいになる。
「……じゃぁ、僕は一生、誰かの加護の中でしか生きていけないってこと……?」
奎は何も答えなかった。だが、答えは明白だった。
春海は怒りを押し殺すために俯き、首を振る。
「ダメだ。やっぱりそんなことは出来ない。僕は帰る」
「ダメだ。帰らせない!」
ぐっと、包帯にかかる力が強まった。痛みに顔を顰めた春海を見て、奎ははっと手を離す。そして相手の肩にそっと手をおくと、子どもにいいきかせるような口調で言う。
「家に帰ろう。君の本当の家に。今日はもう遅いから、どこかホテルにでも泊まって、なければ民宿でも——」
「嫌だっ! 知らないところになんて行きたくないっ!」
気がついたら叫んでいた。
奎は、本当にわかっていないのだろうか? 白杖もないセナもいない、こんな丸裸にされたような状態で、知らないところに行く心細さが? いや、心細さなんてものじゃない。命に関わるような恐怖だ。
「君が知っているところなんか、どこにもないだろうっ!」
春海の声に触発されたのか、奎も声を荒げた。しかし自分で自分の声の大きさに驚いたのか、すぐに囁くようなトーンになる。
「ご、ごめん……今のに深い意味はないんだ……」
「わかっているよ。その通りだ。僕が本当に知っているところなんて、どこにもない。自分の実家だって見たことないし、生まれ育った街だって点字ブロックがないとまともに移動することもできない」
「本当に、そんなつもりじゃ……」
「いいんだ……だから——」
春海は震えそうになる唇を噛みしめ、俯いた。
「お願いだから、あの家に帰して……」
「何で、君はそんなにあの家にこだわるんだ」
奎が、またイライラしているのが声からわかった。
「いいか。あそこは危険なんだ。我が儘言わないでくれ」
「危険なんかじゃないよ……二週間も住んでいたし、それにあそこには——」
——久周がいる。
離れて初めて、彼の存在を恋しく思った。
あの甘く苦みのある声。でしゃばらないさりげない優しさ。冷たい手の感触。
思い出したら、どうしようもなくなった。
恋しい。恋しい。
今すぐ、久周に会いたい。
「……やっぱり帰る」
奎の手を振りほどき、くるりと踵を返した。一歩一歩歩く度、不安が大きくなる。もし足元に小石があったら? 突然、崖が現れたら?
だが、さらに一歩一歩進むと、別のものも生まれてきた。
身軽さだ。今まで経験したことのないほどの自由。誰の手も借りず、誰の誘導も受けず、自分の足だけで、自分の行きたいところにいく。
(早く、早く、久周のところへ帰りたい)
「……っ!?」
突然、後ろから羽交い締めにされた。相手が誰かはわかっていても、急な出来事に本能が頭の中でサイレンを鳴らす。
「奎、離せ! 何でこんなこと——」
「ダメだ! 絶対に、あの家には帰らせない!」
くるりと身体を反転させられ、後ろの電柱に背を押しつけられる。春海は自分の肩を縫い止める相手の手を外そうと必死にもがいたが、見えない自分には初めから勝ち目などなかった。あっさりと手を取られ、身体の脇で両手を拘束されてしまう。
「……奎っ……どうして、どうしてこんなこと……」
情けないことに、必死にかき集めた声はすすり泣くように震えていた。
「……君が、心配だからに決まっているだろうっ!」
唇に何かがぶつかった。それが何かわかる前に、熱く荒っぽいものが、口内にぬるりと入ってくる。
ぞわり。身体中の血管がざわついた。
「や、やめろっ……!」
ドンと肩で相手の身体を押して、腕の中から抜け出す。そのまま脇目もふらず、がむしゃらに走り出した。もう足元など気にしない。たとえ転んでも、何にぶつかってもいい。今は一刻も早く、あの場から逃げ出したかった。
「春海っ……!」
後ろから奎の掠れた声が聞こえたが、足を緩めたりはしなかった。
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