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第4話
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↓現在、以下の2つのお話が連載中です。↓
毎日昼の12:00時あたりのPV数を見て、
多い方の作品をその日22:00に更新したいと思いますmm
◆『君がいる光』(幽霊×全盲の青年 )
https://youtu.be/VPFL_vKpAR0
◆『春雪に咲く花』(探偵×不幸体質青年)
https//youtu.be/N2HQCswnUe4
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真っ白な雪の道に、泥で汚れた足跡がまっすぐ続いている。中途半端に溶けた雪は踏みしめる度、運動靴の下でぶよぶよと音をたてた。
「玄沢さんっ……!」
陽向はブルゾンの背中に向かって叫ぶ。だが、相手は立ち止まるどころか、振り向きさえしない。
「ちょっと、待てってば!」
転びそうになりながらも、相手の肩を引っ張った。
振り向いた玄沢の顔は固く、寒さのせいもあってか青白かった。
「……君は、別れる気はあるのか?」
低く唸るような声が、玄沢の口端からもれる。
「……へ?」
「あの男と別れる気はあるのかと聞いている」
陽向は、ポリポリと頬を掻いた。
「さあ、どうだろう?」
そもそも付き合っているかどうかもわからない状態では、別れるもくそもない。
しかし、どうやら玄沢は、陽向と海斗が〝お付き合い〟をしていたと思っているらしい。
まあ確かに、一緒に住み、時々はセックスしている時点で、一般的には〝付き合っている〟と言えなくもないが……。だが、正直、陽向には自分たちがそうだと断言することはできなかった。
「さあ、だと?」
玄沢がひくりと頬を引き攣らせた。怒りとも呆れともつかないため息をつく。
「……正直、俺には君がわからない。浮気はされる、金はせびられる、ペットは賭けに使われる。あまつさえ、自分で言うのも何だが俺みたいな探偵を雇われ尾行され、家からは追い出される。そこまでされて、どうして一年以上も付き合っていられた? どうして、さっきみたいに楽しそうに——……」
玄沢は言葉を切り、視線を上げた。
「……君は、悔しくはないのか?」
「それは……悔しいけど……」
何と答えていいのか、わからなかった。
確かに今の話を聞くと——いや、聞かなくてもだが——、海斗がいかにふしだらで最低な男であるかがわかる。
なのに何で自分は、今まで一緒にいたんだろう。あんなに迷惑をかけられてきたにも関わらず。
陽向は、ふっと白い息をもらした。
「俺は……もう海斗のことは諦めている。最初は、都合のいい財布として扱われたり、浮気をされたりしたら、それなりに傷ついていた。でも、今はそんなことどうでもいい。別れる気があるかって言われたら、ある、と思う。ただ、海斗に対する〝情〟が消えたのかって言われたら……それはわからない……」
「〝情〟……? 恋愛感情じゃなくて?」
「あぁ、〝情〟だよ」
陽向は頷いた。
「海斗に対する気持ちは、恋愛感情かと聞かれても、俺にはわからない。ただ奴は同郷だからか話も合うし、一緒にいて楽だった。楽しかった。何より俺が辛い時、ずっと側にいてくれた。俺は、あいつの能天気でテーゲー(適当)なところに、救われたんだ……」
「その恩で一緒にいたと? どんなにひどいことをされても?」
「耐えているつもりはなかったよ。俺だって反撃も復讐もいっぱいしたし」
陽向は言葉を切り、力なく首を振った。
「……何て言うか、わからないんだ。海斗に対する気持ちを何て言葉にすればいいのかわからない。ただ〝情〟としか……」
玄沢が静かな口調で聞いてくる。
「……その〝情〟とやらはセックスを許すほどの〝情〟なのか?」
自分たちが何でこんな話をしているのか、よくわからなくなった。
「まあね。でも、おまけみたいなもんだよ。お菓子についてくる」
「はっ、おまけとは、随分と自分を安く売っているんだな」
玄沢の嘲りの声に、陽向は震えそうになる喉を抑えながら言った。
「あんたは、俺たちをセフレみたいに思っているかもしれないけど、別にセックスなんてどうでもいいんだ。俺たちの仲で問題なのは、そんなことじゃない」
「相手は、そうは思っていないかもしれないぞ」
「海斗だって、同じだよ。だから浮気をする。他のもっと駆け引き的な、肉体的な刺激を求めてね」
玄沢が理解できないというように、肩をすくめた。だが理解できないのは陽向も同じだった。
「玄沢さんは、どうしてそんなに俺にこだわるの? あんたは海斗側の人間だろう? 俺のことはどうでもいいはずだ」
「どうでもいいはずがない」
玄沢がきっぱりと言った。
「確かに謝花の要求を満たすことが、俺の仕事だ。だが、それだけだったら、この仕事は受けていなかった。これは双方——君のためにもなると思ったから受けたんだ。金はもったいないと思うが、これであんな男と縁を切れるならこしたことはないだろう?」
「はっ、さすが全ゲイの味方。依頼人の対立相手のことも考えているなんて、頼もしいことで」
茶化すと玄沢は一瞬顔を赤くし、口を真一文字に結んだ。肺の奥底から絞り出したような声で言う。
「俺は今まで探偵として、色々な同性同士のカップルを見てきた。アルコール依存、DV、モラルハラスメント。男女間でも同じように、これらの被害者はみんな思考停止に陥っている。恐怖から、ということもあるが、それよりも『自分がいないと相手はやっていけない』、『自分は必要とされている』と思いこみ、被害がエスカレートしても決して声をあげずに耐え、機会があっても逃げようとしない。見かねた周りが俺を雇って無理矢理引き離しても、いつの間にか元の悲惨な関係に戻ってしまう。その時ほど、無力感を味わうものはない」
そう言う玄沢の横顔は、厳しくげっそりと疲れて見えた。
そうか。この人は、そうゆう世界で生きているのか。
何となく、玄沢の仕事に対する厳格さやストイックさがわかったような気がした。
「……つまり、玄沢さんは、こう言いたいの? 俺も海斗みたいな生活能力皆無のヒモ男には『自分がついててあげなくちゃ』と思いこみ、思考停止に陥っていると?」
「そこまで言っていない。思考停止に陥っている人間は、あんな風に鉢を投げたり、はさみで相手を脅しつけたりしない」
「ある意味、そっちの方が問題行動だけどね」
陽向は肩をすくめた。
「……俺が言いたいのは」
玄沢が低い声音で続けた。
「君が言う、その『情』とやらは、ただの『共依存』なんじゃないのかと言うことだ。君は自分を必要としてくれる他者に依存し、自己の存在理由にしている。だから、どんなひどい仕打ちを受けようとも、すがりついて謝られたり、少し優しくされただけで相手を許してしまう。あんな安っぽい花をもらっただけでも」
カッと身体中の細胞が煮上がった。視界が真っ赤に爆ぜる。
「はっ! 人のプライベートを根堀り葉堀りと暴き出して楽しいか!? いやしい職業だな、探偵さん!」
バンと肩に衝撃を覚えた。気がついたら、玄沢によって道路脇の塀に押しつけられていた。怒りの炎を宿した相手の両眼が、目の前まで近づく。
「俺は、俺の信念でこの仕事をやっている。お前に、とやかく言われる筋合いはないっ!」
獣のような低い唸り声。太い玄沢の指が、陽向の肩にぐっと食い込んだ。
「……ッ」
陽向は抵抗することも、動くこともできなかった。
こんなに激しい感情を露わにした玄沢を見たのは初めてだった。
「……わかった」
どれくらいそうしていただろう。怒りがまだ燻る声で、玄沢が陽向から身を離した。冷ややかな目で、見下ろしてくる。
「俺からはもう何も言わない。お前がどんなに愚かな選択をしようとしったこっちゃない。俺はただ依頼人の要求通りに行動するだけだ。では、九日後にアパートで。金はちゃんと持って来いよ」
玄沢は陽向を一瞥すると、そのまま振り返ることなく行ってしまった。
※
「くそっ! ワジワジ(イライラ)する! あの探偵、何様のつもりだ!」
ビジネスホテルの一室。陽向はベッドの上であぐらを組み、膝においたクッションにエルボーをくらわしていた。
「俺がいつ! あの海斗に! 依存した!? あのふにゃチン、早漏、尻軽男なんかに!」
海斗を罵倒しているうち、徐々に神経が静まってくるのを感じた。と同時に、疲労感と虚脱感がダブルセットで襲ってくる。
「おばあ……」
アパートから持ってきた小さなガジュマルの木を見る。
熱帯の植物は東京のホテルの窓側で、再び降り始めた雪をじっと見つめていた。故郷から遠く離れた街で寂しいのだろうか。陽向はベッドから降りると、植木の隣に座って、同じように東京の街を見下ろした。
このガジュマルの木はウーパールーパーのうーちゃんが死んだあと、何でもいいから故郷につながるものが欲しくて、都内園芸店を探し回ってやっと見つけたものだ。
陽向の祖母は十年前、陽向が十八歳の時に死んだ。老衰だった。戦中、戦後の激動の時代を生き抜いてきたとは思えないほどの安らかな死。
当時の陽向はすでに、東京での内定を決めていて、ぎりぎりまで祖母を置いていっていいかどうか悩んでいた。
だから、ある意味では良かったのかもしれない。祖母を一人にせずに済んで。
そのまま葬儀の慌ただしさも収まらないうちに上京し、今年ではや十年。
故郷には一度も帰らなかった。
帰っても、もう自分を迎え入れてくれる家族はいなかったし、何より空っぽになった家を見るのが辛かった。
それでもいつかまた帰りたいと思った時のために、少ない給料から家の管理費を捻出してきた。
こつこつ貯金もして、いつかは祖母みたいに小さな店でも開こうとも思っていた。
誰にも言ったことのない、自分だけの小さな夢。
しかし東京での生活は思っていたよりもお金がかかり、いつからか維持費をまかなえなくなり、泣く泣く家を手放すことになってしまった。今では沖縄に移住してきた若夫婦がそこでおしゃれなカフェを開いているという。
家の売却書類にサインした時、ついに自分の最後の砦までもなくなったと思った。糸の切れた風船のように、自分が頼りなく寄る辺ないもののように感じられた。
海斗に会ったのは、そんな時だ。
焼けた肌、まぶしい笑顔。がっしりとした身体。底抜けのない明るさ。
——海の、香り。
沖縄から上京してきたばかりという海斗の身体からは懐かしい〝故郷〟の香りがした。だらしなくて気の弱いところも含めて、海斗のすべてが〝故郷〟だった。
完全に失ってしまったと思っていたものが、再び目の前に現れた。
ある意味、自分が海斗に引かれたのは、必然のことだったのかもしれない。
だが、やはりそれは恋愛感情とは違う気がする。なら、何だと聞かれれば、そこまでなのだが……。
(もしかして、これも依存なのだろうか……?)
わからない。
玄沢の顔を思い出す。
冷え冷えとした怒りでふちどられた瞳。
会ってまだ一日二日と経っていないが、いつも余裕に構えていた彼らしくはない、衝動的な表情だった。
(やっぱり、俺が悪いんだよな……)
それはわかっている。
誰だって自分の仕事を馬鹿にされたら怒る。しかも玄沢は、探偵の仕事に並々ならぬ情熱を注いでいるように見えるから余計だ。
(あの人は何で、あそこまであの仕事にこだわっているんだろう……)
「うわっー! もうわからないことだらけで、ワジワジ(イライラ)するー!」
抱えていたクッションに締め技をくらわせる。
(というか、何でこんなことになったんだ!? 何だかんだいって、数日前までは平和だったのに!?)
ふと、素朴な疑問が湧いてきた。
海斗は、なぜ急に金を要求してきたのだろう。
今までは飲みに行くにしろ、女を買うにしろ、その場しのぎ程度の金ならば色んな言い訳をこねくり回して直接ねだってきていた。
何より、あのどんなに自分や社員から冷たい目で見られようと、職場まできて面と向かって金をせびりに来ていた海斗が、わざわざ探偵を雇い、少なくはない探偵料を払い続けてまで仲介させたのはなぜだ?
(そもそも三十万なんて金、一体何に使うつもりなんだ……それに、すぐに金を受け取れないと知ってどうしてあんなに動揺していた……?)
これは一度、海斗とちゃんと話し合ってみた方がよさそうだ。
「よし、明日着替えを持ってくるついでに、家に寄ってみるか」
クッションを綺麗に整えて、元置いてあった場所に戻す。
思った以上に疲れていたのか、ベッドに潜り込むなり、すぐ眠りの世界に吸い込まれてしまった。
※
起きたら、昼近くだった。
今日が日曜で本当に良かった、とホッと息をつく。
カーテンを開けると、晴天の空が広がっていた。もう雪は降っていないが、いたるところに積もった雪が東京の街を青白く照らし出していた。
日曜日ということもあってか、のろのろと支度をしてアパートに向かう。
自分の部屋の前についた時、何となく嫌な予感がした。今まで、散々海斗に振り回されて培われた勘かもしれない。
玄関のドアを開ける。が、部屋を間違えたかと思ってすぐに表札に書いてある部屋番号を確認する。
あっている。もう一度、中を覗くが、現実は先ほどのものと変わりなかった。
中は、ものけの空だった。
ほこりだけが残ったフローリング。日焼け痕がうっすら残る壁。カーテンすらかかっていない窓。
ぽかんと口を開けたまま、陽向は玄関先で立ち尽くした。
何が起こったのか、まったく訳がわからなかった。
「あれ、喜屋武さん?」
通りすがりのアパートの住人が声をかけてきた。
「あ、お隣の……」
「ちわ。そういえば、おたく引っ越すの? ずいぶん急だけど」
「え……何で……?」
「昨日、業者のトラックが来て、家具を運び出していたから。あれ? でも引っ越し屋じゃなくて、質屋って書いてあったような……」
「……質屋……質屋ぁああ⁉︎」
その瞬間、すべての回路がつながった。と同時に、回路が一気に焼け焦げる。
「~~ッあの野郎っ!」
「え!? ちょっと喜屋武さんっ!?」
住人の制止の声も聞かず、陽向は一目散にアパートから飛び出した。
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