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第12話
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1/20(木)
本日、『春雪に咲く花』の方のPV増加数が2ビュー分
多かったので、こちらを更新させていただきます。
動画を見てくださった方、ありがとうございます!
〈現在レース更新中〉
↓↓以下の作品の1話動画のPV増加数に応じて、
その日更新する作品を決めさせていただいていますm
◆『君がいる光』(幽霊×全盲の青年 )
https://youtu.be/VPFL_vKpAR0
◆『春雪に咲く花』(探偵×不幸体質青年)
https://youtu.be/N2HQCswnUe4
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キィ。車が止まる。
陽向の座る後部座席の窓から、こんもりとした林が見えた。その間から、唐破風の大きな屋根がのぞいている。
(お寺? 何でこんなところに俺を……?)
まさかとは思うが、玄沢はこのまま自分を永遠に葬り去るつもりなのでは。
そんなことを考えていると、
「ついて来い」
と、玄沢が花束を持って車を降りた。そのまま振り返ることなく、すたすたと行ってしまう。
陽向は一瞬、この隙に脱走してしまおうかと考えた。が、そんなことしたら確実に殺される。それだけはわかった。
仕方なく車を降りて、重たい足取りであとをついて行く。
「ここで待ってろ」
玄沢は墓地の入り口まで来ると、一人、社務所の方へ向かった。帰ってきた時には、手に線香と水をはったバケツが握られていた。
「あの……俺、邪魔なようなら車で待っていようか? 大丈夫。勝手に帰ったりしないし」
勇気を振り絞って聞いたが、玄沢は無視して墓地へと入って行ってしまう。
これには、さすがに腹がたった。
一体、どこの世界に依頼人に対して、こんな尊大な態度の探偵がいるんだ。
ブツブツと言いながらも、結局ついていく。
本当に、情けない。どうしてこうも自分は、一度心を許してしまった人間にとことん弱いのだろう。
イライラ、悶々しながら墓地の迷路のような狭い道を進む。当たり前だが、本州の墓地に来たのは初めてだった。
本州の墓は、沖縄と違ってずいぶんと小さい。
沖縄では墓というと亀甲墓——文字通り亀の甲羅を象った、屋根がついた小さな家みたいなものが主流だ。もちろん、核家族化で年々小さくなってきてはいるが。
亀甲墓の前には墓庭と呼ばれる大きなスペースがあり、清明祭 の時期になると、ここに親戚一同が集まり、飲めや歌えやの宴会が繰り広げられる。元気いっぱいの子供たちが、墓の屋根を滑り台がわりにして遊ぶのも、沖縄の墓参りでは見慣れた光景だ。
まぁ、陽向はいつだって、おばあと二人っきりだったが……。
「わっぷ!」
玄沢が突然立ち止まったため、相手の背中に鼻をしたたかに打ちつけてしまった。
「ごめんっ……!」
無感情に自分を見下ろしてくる相手と目が合い、陽向は慌てて離れる。
が、すぐに、どうして自分がこんなにびくびくしなきゃいけないんだと思い直し、わざとそっけない口調で尋ねた。
「ここは?」
「知り合いの墓だ。今日が命日でな」
玄沢はくいっと顎で目の前の墓を示すと、持っていた花束をその横に置いた。
御影石の正面には「佐々木家」と彫られていた。墓の斜め横には、柳桜が植えてあり、桃色をのぞかせた小さな蕾が雪の重みでゆらゆらと揺れている。
玄沢は墓の後ろにおいてあった雑巾で丁寧に墓を拭き、花生けの水を変え、燃え尽きた線香を捨て、手水の水を変えた。
一連の手つきは儀式のように厳かで、無駄な動きが一切なかった。
まるで、毎月ここにきて同じことを繰り返しているかのように。
玄沢は最後に白い花束を生けると、線香に火をつける。煙が灰色の空に筋となって上がっていく。
陽向は、ちらりと墓の横に彫られた名前を盗み見た。
雪人 享年二十七
まだ若い。あまりにも若すぎる。
陽向は直感した。たぶん、この人が玄沢の「亡くなった親友」だろう。
(そして、玄沢さんが探偵になるきっかけを作った人だ……)
慌てて首を振った。
故人に嫉妬してどうする。そんなの海斗に改心を促すことくらい不毛なことだ。
「——昔」
玄沢が合わせていた手をとき、顔を上げた。斜め後ろの陽向のところからは、相手の横顔の一部しか見えない。
「俺が大学生の時だ。同じ学部に、性格は正反対だがなぜか気の合う奴がいた」
玄沢は空を見上げた。透徹とした灰色の空を背景に、ちらちらと細かい雪粒がまじり始める。
「雪人は、名前の通り、ウインタースポーツが好きな奴でな。それがきっかけで仲良くなったんだ。知り合ってからは、毎週のように二人でスキーやらスノボーやら登山に出掛けていた」
当時のことを思い出しているのか、玄沢の声は懐かしさで溢れていた。
「雪人は俺とは違って穏やかな性格で、いつもにこにこ笑っているような奴だった。人の悪口や愚痴も一切、言ったことがない。でも案外、したたかなところもあって、俺なんて知らないうちに操縦されていたこともしばしばだった」
くすりと、玄沢が苦笑をもらすが、それも地面に落ちた雪のようにすぐ消えてしまった。
「ある日のことだ。雪人が、自分はゲイだと告白してきた。俺はびっくりした。その頃の俺は、自分がストレートだと意識したこともないほどの完全なストレートだった。同性愛なんてどっか違う国の、違う人種の奴らの間だけの話だと思っていた。でも雪人は外国人でも、異星人でも、ましてや異常者でもなかった。俺と変わらないごく普通の人間だった。ゲイであることも含めて、何もかもが自然だった。だから俺もすんなり受け入れられた。不思議と気持ち悪いとかは思わなかった。だからその後も変わらず一緒になって遊び回っていた。大学を卒業して、社会人になっても、相変わらず暇を見つけては二人で山に行ったりしていた。そうしているうちに——」
玄沢は一度、言葉を切った。その表情は見えなかったが、次の言葉を躊躇しているのが伝わってきた。
「……何となくだが、雪人は自分に気があるんじゃないかと思い始めた。最初は思い違いかと思ったが、そのうちそれは確信に変わった。あいつも俺が気づいていることに気づいていたと思う。でもお互い、何も言わなかった。俺たちはただ、友達として時を過ごした。何年も。俺は待った。あいつが言い出してくれるのを、ずっと」
陽向は思わず、口を挟んでしまう。
「……じゃぁ、玄沢さんもその人が好きだったの?」
「いや」
玄沢は首を振った。続く言葉を探しあぐねたのか、横目で陽向を見る。
「でも、お前にはわかるだろう?」
黙っていると、玄沢がふっと白い息を吐いた。
「雪人がもし言ってくれたら、俺には受け入れる準備はできていた。でもそれは恋愛感情からじゃない。雪人は一生に一度会えるかどうかわからない、大切な友人だった。この関係を保つためなら、俺は何だってした。もし、あいつが本当に望むなら、寝てもいいとさえ思った。それであいつをつなぎ止められるのなら、安いものだと。それくらい大事だった。家族のような存在として。……たぶんこれも、お前が謝花に持っている〝情〟の一種なんだろうな」
「……あんなに否定していたのに?」
「認めたくなかったんだ。俺はこの感情を、恋愛なのだと必死に思いこもうとした。雪人のためにも。雪人は、そんな俺の気持ちを薄々わかっていたのだろう。だから、何も言い出してこなかった。それでも、あいつの気持ちだけはひしひしと感じていた。その上で、俺からは何も言わなかった。あいつが苦しんでいるとわかっていても、今の関係が保たれるなら、それに越したことはないと思っていた」
いつの間にか風がでてきて、線香の煙をかき消していく。気温が一段と下がった大気はピンと張りつめ、吐き出す息はいよいよ白く染まった。
「……そのうち」
玄沢が、ポツリと呟いた。
「雪人は一人の男と付き合い始めた。同性愛者が集まる出会い系サイトで知り合ったと言うから、『危ない』と忠告したんだ。でもあいつは、『ゲイっていうのは、運命の相手と道端でばったり出会ったりはしない。こうゆうところで探すしかないんだ』と笑っただけだった。俺は何も言い返せなかった……あいつを生殺しにさせている引け目があったから、特に」
ふっと、玄沢の口から長い息が吐き出される。
「……初め、あいつは幸せそうだった。相手の男は年上のシステムエンジニアで、真面目でまめな性格だったらしい。『自分の全てを受け止めてくれる』。そう言う雪人の言葉が自分への当てつけのように感じられて、俺はそれ以上、男のことを聞くのは止めてしまった。……そのうち」
玄沢の背中が、ぶるりと大きく震えた。寒いのだろうか。わずかに見える玄沢の横顔は、血の気が通っていないかのように白く強ばっていた。
「……そのうち、雪人の様子がおかしくなった。しきりに携帯を気にしたり、俺とも距離をおくようになった。最初は『何でもない』と笑っていたが、問いつめるとあいつが異常なまでの束縛を受けていることがわかった。相手の男はかなり嫉妬深い性格で、雪人が他の男と話すのも禁止、決まった時間に電話にでなければ、ところ構わず雪人にきつく問いつめた。時には折檻まがいのこともあったらしい。見ると、雪人の手首には何重もの痣があった。俺は何度も、別れろと言った。それでも雪人は、受け入れなかった。『いつもはいい人なんだ』と言って」
クッと、冷笑が寒空に響く。
「いくらゲイに出会いが少ないとしても、あれよりいい男なんてたやすく見つけられるだろう。だけど、その時の俺には、雪人のことがよくわからなくなっていた。あの男のせいで、毎週のように行っていたキャンプにも行けなくなって久しかったし……無理矢理別れさせようにも、そんな権利、俺にあるのかと思ったらわからなかった。こんな中途半端な気持ちの俺が、雪人を受け止められるかも……当時の俺には、自信がなかった……」
玄沢が、両手の中に頭を埋めた。はらはらと舞い落ちる雪が、その肩、頭に静かに降り積もる。
陽向はそれを払ってあげたい衝動にかられたが、身体が動かなかった。ただじっと相手の背中を見つめる。
「俺は……全部を知っていながら、危ういところに向かおうとする雪人を、ただ見ていることしかできなかったんだ。——そして、あの事件が起こった」
玄沢はわずかに顔を上げ、指の間からじっと墓を見つめた。
「雪人と束縛男の遺体が見つかった。冬の雪山で」
長い沈黙のあと、玄沢はほとんど面倒くさそうに言った。
「警察は、ネットで知り合った者同士の集団自殺だと判断した。当時、そうゆうのが、世間でも流行っていてな。でも俺は信じなかった。雪人は殺されたんだと確信した。あの束縛男に。二人の体内からは精神安定剤が見つかった。警察は『死への恐怖をまぎらわせるため』としたが、あの薬は睡眠導入剤──いわゆる睡眠薬の代わりとしても使われているものだ。たぶん男は雪人にあれを盛って、自殺とみせかけて殺したんだ。雪人を、完全に自分のものするために」
「……警察は、知っていたの? 二人が付き合っていたことを?」
陽向は、躊躇いがちに聞いた。
「いや、関係を悟られるようなログは全部消去してあったし、二人が会うのも家や別荘が大半で、人目を気にしてほとんど外に出るようなことはなかったらしい。それで何が『全部受け止めてくれる』だ」
喉で短く笑い、玄沢は拳を握り締めた。
「二人の関係を知っていたのは、本人たちと俺しかいなかった。だから俺は、すぐさま警察に向かった。もしここで俺が言わなかったら、雪人は永遠にあの冬の雪山に閉じこめられたままな気がして……俺は警察で、もう一度事件を調べなおして欲しいと訴えた。だが警察は拒否した。それどころか『仮にお前の言っていることが本当だとしても、男同士の痴情のもつれに関わっている時間はない』とさえ言われた」
陽向は何と言っていいか、わからなかった。警察には、今だ旧弊的な考えを持つ者も多い。まともな同性愛者なら、何かあっても警察に頼るのは最後の最後の手段だ。
「愕然としたよ。俺は今まで生きてきて、あそこまで露骨な差別を受けたことがなかった。同時に恐ろしくなった。自分も仲間だと思われたらどうしようと。完全に否定できるのかと。友情のために男と寝てもいいと思った俺は、本当にストレートなのか。俺は、逃げた。雪人と俺の関係を聞かれる前に、逃げ出した。怖かった。自分がゲイかもしれないと認めることも、認めて同じような差別を受け止める覚悟も、あの時の俺にはなかった」
玄沢は陽向の方を振り返り、ふっと笑った。その目元には、深い皺が刻まれていた。
「……俺はどうしようもなく弱いんだ。お前と違って」
陽向はふるふると首を振る。
「違う。俺だって強くない」
「いや、お前は強い。少なくとも俺よりは。お前はいつだって、何があろうと真っ正面から堂々と戦ってる。自分自身とも」
玄沢は、墓に視線を戻した。
「後日、雪人の葬式が行われた。あいつの両親は泣いていた。絶対に、あの子は自殺するような子じゃないと。俺は決めた。せめて俺の手で、あいつの死の真相を調べようと。それからすぐに勤めていた会社を辞め、事件のことを色々と調査し始めた。そのうち、LGBTにも理解がある警察や弁護士の一部とつながりができ、彼らが表だって調べることのできない事件を代わりに調べることになった。そうしているうちに固定客もできてきて、俺は正式にLGBT——主に、ゲイ専門の探偵となったんだ」
玄沢がくるりと振り返り、陽向と向かい合った。疲れきった顔に、自嘲の笑みが広がる。
「人は俺のことをヒーローヒーローと言うが、絶対にそんなものではない。俺はただ、全てから逃げてきたんだ。雪人から、束縛男から、警察から、差別から、そして自分自身から……。探偵は、その『逃げ』の結果にすぎない」
「……それは違うっ!」
陽向は一歩、踏み出した。同時に隣の柳桜の枝から、どさりと雪が落ちる。
「玄沢さんは、ちゃんと向き合っている! バーやクラブにいる人たちも、みんな言ってた! 玄沢さんに助けられているって。依頼人の人たちもそうだ! みんな玄沢さんに恋しちゃうほど、玄沢さんに助けられた! それって、玄沢さんが彼らの気持ちに寄り添って、真っ正面から彼らを守ってきた証拠じゃないか! 俺の時だって、そうだ。依頼人は海斗のはずなのに、俺なんかにまで手を差し伸べてくれて……絶対に、普通の探偵はここまでしないよ!」
「……ありがとう」
玄沢は、顔をしかめて笑った。
「でも俺がこんな話をしたのは、慰めてもらいたい訳でも誉めてもらいたい訳でもない。俺はただ——」
一歩、一歩、玄沢が近づいてきて、その足下にある雪がキュッキュッと鳴く。玄沢の目は真っ直ぐに陽向に向けられ、一時もぶれることはなかった。
「俺はただ、お前を守りたいんだ。もう二度と、雪人のように誰かを失いたくない。危険なところにいる奴を、ただ見ているだけなんてできない」
陽向は、大きく頷いてみせる。笑おうとしたが、上手くできなかった。
「やっぱり玄沢さんは、みんなのヒーローだよ。みんな、あんたに感謝している」
「違う。もちろん、誰であっても俺は止める。それが俺の仕事——信念、いや贖罪だから。でもお前は——……」
玄沢が、陽向の前で立ち止まる。じっと見つめてくるその瞳は、深く澄み渡っていた。
「お前は特別だ。絶対に失わせはしない」
あまりの真剣な表情に、思わず口が先に出てしまう。
「特別? それって特別に面倒くさい客ってこと?」
「お前は、どうしていつもそうやって大事なことを茶化すんだ?」
静かにたしなめられて、せせら笑いが引っ込む。玄沢が躊躇いがちに肩を掴んできた。
「間違っていたら訂正してくれ。お前は、俺のことが好きだろう……?」
急に、頭の上にどかっと雪が降ってきたような衝撃を覚えた。
「へっ、へっ……!? いつから気がついて!?」
しまった、と思った時には遅かった。これでは、認めたも同然ではないか!
くすりと、玄沢が笑う。久しぶりに見る、痛みのない本当の笑顔だった。
「昨日、俺のこと、じっと見ていただろう? その時、そうじゃないかと感じた」
「へっ……!?」
さすが探偵、としか言いようがない。まさか、玄沢への恋心を自覚した、まさにその瞬間を言い当てしまうなんて。
パニックに陥っていると、玄沢が手を伸ばしてきた。親指が、雪でしっとりと濡れた陽向のまつげを拭う。
「この目がな……」
「目?」
「あぁ、お前がその手のことを考えていると、この目がキラキラ輝くんだ。比喩じゃなく、本当に。それが何とも言えない不思議な色で……全て、何もかももっていかれそうになる」
玄沢はわずかに腰をかがめると、陽向の瞳をのぞき込んだ。
「俺はこの目に見つめられると、どうも自分が抑えきれなくなる——」
「くろ——」
玄沢の唇が、陽向のものに重なる。冷たく湿ったそれは、二人の体温と相まって徐々に温かくなる。
「俺はもう、黙って待つなんてことはしない」
しばらくして唇が離れた時、玄沢の声にはもう何の躊躇いもなかった。
陽向は自分の心臓がバクバクいう音がうるさくて、相手の言っていることをまともに聞くことができなかった。
でも今だけは、聞き逃してはいけない気もした。
「陽向。俺は、お前が好きだ」
玄沢の一言に、息が、時が止まる。
どこかで朝鳥が飛び立つ音がした。
緑がさわさわと揺れ、雪が震えるように落ちる。
むせかえるような百合と、抹香のにおい。
柳桜の蕾から、透明な滴がキラキラと反射し、玄沢の肩に落ちる。
息をひそめないと失ってしまいそうなほどの一瞬の景色。
何でもないこの景色が、全部意味のあるものようにうつった。
十年後、二十年後——たぶん自分はこの時の光景を、昨日あったことのように鮮やかに思い出すことができるだろう。
「陽向? おい、陽向?」
玄沢が、肩を掴んでくる。不安気に陽向の顔をのぞき込む。
「おい、もし間違っていたなら、謝る。だから、怒るな? いいか、ここは墓地だぞ!」
玄沢は辺りを見回して、陽向が投げれそうな手頃な墓石がないかどうか確認し、ほっと息を吐いた。
慌てたその様子がおかしくて、陽向はプッと吹き出す。玄沢の顔が一瞬にして、赤く染まる。
「くそっ、どうしてお前は、こうも心配ばかりかけさせるんだっ……!」
「心配? 呆れてるんじゃなくて?」
「はぁぁ!? お前は一体、何を見ていたんだ? 心配しているからこそ、こんなに怒ったり、慌てたりっ……!」
玄沢は綺麗に整えた髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。
「言っておくがな、俺はもっと冷静な人間なんだっ! なのに、お前を見ていると感情の制御ができない! さぞかし、お前は俺のことを滑稽で情けない男だと思っているだろうな! いくら言っても頼ってこないのは、そういうことだろう!」
「へ? 何言ってるの? 情けないのも滑稽なのも、俺の方で——」
一拍もしないうちに、陽向はたまらず腹を抱えて笑いだした。
「あはは! もしかして俺たち、意外と似た者同士なのかもなっ!」
「おい、バカを言うな。俺はお前ほど、短気でも、暴力的でもない」
「俺だって玄沢さんほど、寝起きがひどくも、強引でもない!」
玄沢がむっと顔をしかめた。目を細めると、さらに一歩、近づいてくる。反射的に下がった陽向は、自分の背中に桜の幹の固い感触が当たるのを感じた。
「……で、返事は?」
からかいを含んだ黒い目が、間近でのぞき込んでくる。
「返事?」
「告白のだよ。俺の一世一代の」
「そ、そんなの、あんたにはお見通しだろう? ホームズさん?」
「いいや、あくまで推理だよ、ワトソン君」
陽向は、これみよがしの大きなため息をついた。
「そう……じゃぁ、これが真実だ」
陽向は玄沢のネクタイを掴むと、相手の唇を自分のそれでふさいだ。
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