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第15話

○●----------------------------------------------------●○ 1/24(月) 本日、『春雪に咲く花』の方のPV増加数が1ビュー分 多かったので、こちらを更新させていただきます。 動画を見てくださった方、ありがとうございます! 〈現在レース更新中〉 ↓↓以下の作品の1話動画のPV増加数に応じて、 その日更新する作品を決めさせていただいていますm ◆『君がいる光』(幽霊×全盲の青年 ) https://youtu.be/VPFL_vKpAR0 ◆『春雪に咲く花』(探偵×不幸体質青年) https://youtu.be/N2HQCswnUe4 ○●----------------------------------------------------●○ 「はっ……!」 身体を起こすと、鈍い痛みが全身を走った。どうやら長い時間固い板張りの床に寝かされていたらしい。起き上がると身体のどこもかしこもがバキバキに強ばっていた。 辺りは、薄闇に沈んでいる。目をこらして見ると部屋は横に長い構造になっていて、奥はさらに暗くなっていて見えない。 一番驚いたのは、手前側の壁一面には木造の格子が嵌めこまれていたことだ。 「これって……もしかしなくても、牢屋ってヤツ!?」 それも、いわゆる土牢というやつだ。こんなもの、本州の時代劇でしか見たことがない。 「う~ん、うるさいなぁ~もう何さぁ~」 もぞりと奥で何かの影が動いた。暗がりに、相手の両の目の光が鈍く浮かび上がる。 「あれ、もしかして陽向!?」 影が獣のように飛び出し、勢いよく抱きついてきた。 「やっぱり陽向だ! もしかして、俺を助けに来てくれたのか!?」 「お前っ、海斗なのかっ……!?」 陽向は海斗の髪を掴んで、その身体を引き剥がした。そしてその顔を見るなり、首を傾げる。 「あれ……? お前、海斗だよな?」 「どよーん! やっぱ、そんなひどい……?」 海斗は、自らの顔をベタベタと触った。海斗の顔はどこもかしこも腫れていて、青黒くなった痣があちこちに出来ていた。 「それ、一体どうしたんだ? ひどい顔だぞ」 「聞いてよ~ボコボコに殴られたんだ。くそっ、あいつら、顔ばっかり狙いやがって。俺のとりえなんて、これくらいしかないのにぃ!」 「自分でもわかっていたんだな。それより、何でこんなことに……? というか、ここは……?」 「松葉組の、組長の家だよ」 「松葉組?」 「繁華街を仕切っているヤクザ」 「や、ヤクザだって!? 何だって、そんな——……いや、だいたい検討はつくけど……」 ここにきて、海斗がおいおいと泣きべそをかき始めた。 「俺だって、こんなつもりはなかったんだよぉ~ある二人組に誘われてさ、『男や女を惚れさせるだけの仕事だから』って言われて……それこそ天職だと思ったし、どうせホストか何かだろうって軽い気持ちでオーケーしたんだ。お金も必要だったし……そしたら、あいつら裏で詐欺をしていたらしくて……」 海斗の泣き声が一層大きくなり、土牢に響き渡る。 「そししたらそのうち、松葉組が詐欺に気づき始めてさ、すぐに逃げようということになった。で、俺は逃亡のための資金を調達する係に任命された。嬉しかったよ。俺、小学校の時から責任のある係に命じられたことなんてなかったからさ。それで色々金をかき集めて……陽向からの慰謝料も、質料もそのために……で、いざ逃げようってなった時に、あいつら、俺のアパート——じゃなくて、お前のアパートに乗り込んできて、俺をボコボコに殴ったんだ。そんで目を覚ました時にはもう誰もいなくて、集めた金もなかった……そればかりかタイミング悪く、松葉組の組員が乗り込んでくるし……」 「つまり、お前は囮として切り捨てられたってわけだ。トカゲのしっぽみたいに」 海斗は聞きたくないと言わんばかりに、盛大に鼻をすすった。 「ヤクザたちは、俺を車に押し込んだ。でも撤収する直前になって、陽向が来たものだから、お前も味方だと思ったらしくて……」 「そして、こうして俺がここにいるということか……わかった。言い訳はあとでいくらでも聞く。今はその顔、一発、殴らせろ!」 「わータンマタンマ! これ以上、顔殴られたら、俺、生きていけないよー!」 海斗は飛んでくる拳を掌で留めた。山のようにぶれない固い感触に、陽向は目を見張る。 「あれ、海斗、何か強くなった?」 「ふふふ、よくぞ気がついてくれた!」 海斗は誇らしげに袖をめくりあげ、腕の筋肉を掲げて見せた。 「牢屋の中ってあんまりにもやることないからさ、ずっと筋トレしてたんだよ。見よ! この胸筋! 上腕二等筋!」 「……本当に、お前って奴は……」 突然、馬鹿らしくなって陽向は拳をおろした。海斗の前に正座し、背筋を伸ばす。 「ってことはつまり、お前は自分が詐欺の片棒を担いでいることを知らなかったんだよな?」 「うん。知らなかった。ただ俺は、アレがついている女の子に掘ってもらえるから続けていただけで……」 頭が痛くなってきた。 陽向は屈辱に耐えながら聞く。ずっと気になっていた問題も、今ここで解決しなくてはいけない。 「海斗はずっと、俺に挿れて欲しかったの……?」 「へ……?」 キョトンしたのち、海斗は盛大に笑いだした。 「まさか! そんなこと、一度も思ったことはないよ!」 あんまりにもきっぱりいうものだから、複雑な気分になった。これはこれで男のプライドが傷つくような……。 「だってさぁ」 海斗が床についた陽向の手に、自分の手を重ねた。薄闇の中、海斗の明るい茶の瞳が妖しく輝き、赤い艶めかしい舌がぺろりとのぞく。 やはりと言うか何と言うか、海斗は怪我をしていても雰囲気のある男だった。 「俺さぁ、何でか、陽向には挿れたくなっちゃうんだよね」 「へ……? ちょ、ちょっと、やめろよ!」 耳元に息を吹きかけられ、両手で相手を押しやる。玄沢にそこが弱いと教えられ、攻め立てられて以来、やたらと敏感になってしまったのだ。 陽向はグイグイと相手を押しやるが、筋トレで鍛えた海斗の身体はびくともしなかった。あれよあれよという間に、両腕を掴まれてしまう。 「ねぇ、いいじゃん。久しぶりにしない? ずっとこんなところにいて、タマって——」 「毎晩、サルのようにシコってた奴が、何言っているんだ」 声のした方を見ると、鉄の閂がかかった牢の扉の前に、一人の男が立っていた。 常盤色の袷に、三ツ紋の羽織。男の豊かな黒髪は後ろに撫でつけられ、幅広の精悍な顔と太い眉があらわになっている。 がっしりとした体格は肉食獣を思わせ、暗闇に光る細い目は、どことなく狡猾な蛇を彷彿とさせた。 とにかく、半端ない威圧感の男だ。それだけは伝わってきた。 「誰?」 こっそり聞くと、海斗が小声でもごもごと言う。 「松葉(まつば)誠吾(せいご)。松葉組組長の息子さん」 つまり、次期組長——若頭ということか。 「出ろ」 松葉誠吾は陽向に向かって、顎をしゃくった。カッと腹に中に怒りの炎が燃え広がる。 どうして、どいつもこいつも上から目線で命令してくるのか。 自分をどれだけ偉いと思っているのか知らないが、こんな初対面の男に従う理由はない。 が、こんな状況でキレ散らかすほど、陽向は愚かでも無鉄砲でもなかった。 ぐっと堪えて、開けられた牢の扉をくぐる。 「お前は呼んでいないぞ」 チャンスとばかりに外にでようとした海斗を、誠吾が一蹴した。海斗はびくりと身をすくませ、すごすごと牢に引き戻る。 「陽向。アレ、チューバーヤッサー、チバリヨー(その人、手強い人だから、気をつけろよ)」 扉が閉まる直前、海斗が陽向に向かって言った。 「あの男、何て言ったんだ?」 地上につづく階段を上がっている時、前を行く誠吾が振り向きもせず聞いてきた。 「ええっと……頑張れって、言ったんだ」 「ふうん」 誠吾は興味なさそうに呟くと、あとはずっと無言だった。 ※ ついた先は、だだっ広い和室だった。首里城の中にある薩摩藩接待用の和室を、もっと広くしてもっと豪華にしたような感じだ。 床の間には山茶花の花が飾られ、三方を囲む襖には牡丹や獅子、丹頂などの日本画が描かれている。 「さてと」 上座に座った誠吾が向かいにある座布団を陽向に手で示した。陽向は大人しく、そこへ腰をおろす。 庭に面した方の障子は開け放たれ、夜気に静まる見事な庭が見渡せた。 松や柏などの常緑樹が、斑に積もった雪の間からのぞく。半月は高いところまで登っていて、今が深夜だということがわかった。 「どうして、呼ばれたかわかるか?」 誠吾は脇息に肘をかけ、値踏みするような目で見てきた。我慢できなくなって、陽向ははっと鼻で笑う。 「呼ばれた? 誘拐じゃなくて?」 「ぼうや」 深みのあるハスキー声がかかる。 「勝ち気なのは好みだが時と場所を選ばないのは、ただの馬鹿だ。早死にするぞ」 刺すような視線に、グッと唾を飲み込む。 「……詐欺のことですか? 俺の呼ばれた理由って……」 「その通りだ。知っていると思うが、おたくたちが荒らしていたのは、俺が組長から任された領地だ。勝手なことをして、ただで済むと思っていたのか?」 「俺は、やっていないっ!」 「……だろうな」 誠吾は顎に手をやった。細く節だった指が、酷薄そうな薄い下唇のラインをなぞる。 「組の者に調べさせたところ、おたくは詐欺には関与していない。そこまではわかった」 「じゃぁ、何で俺を……」 「あの男——謝花のことで聞きたいことがある」 「海斗……?」 陽向は、半ば腰を浮かせた。 「ちょっと待って! 海斗も知らなかったんだ! あいつはただ女? いや、男? と遊びたかっただけで、こんなことを。それを詐欺グループに上手く利用されただけなんだ!」 「その証拠は?」 「証拠……?」 陽向は少し考え、顔を上げた。 「あいつは、バカだ。詐欺なんてできる頭はない」 「確かに、あいつはバカだ。四六時中ヤることしか考えていないサルだよ。でも、それが本当のあいつか?」 「どうゆう……?」 「バカなフリをしているんじゃないかということだよ、ぼうや。周りにバカだと思わせて警戒心を解き、金をぼったくる。身に覚えは?」 「…………」 陽向は押し黙った。誠吾が自分の顎をさする。 「今回の詐欺に関しても、どうも腑に落ちない。謝花は本当に、詐欺をしていると知らなかったのか? あいつはターゲットたちを誘惑した見返りに莫大な金をもらっていた。あまつさえ、その金をひっそりと貯め込んでいたというじゃないか。それを?」 「……いや、知らない……」 陽向の喉の奥から、乾いた笑いがこみあげてくる。 「じゃぁ、何だ。海斗はがっぽり貯め込んでいたくせに、俺から金をせびっていた?」 「どうやら都合よく利用されたのは、おたくの方だったらしいな」 「……くそっ!」 座布団に拳をたたきつける陽向を、誠吾は面白そうに眺めた。 「これでも、あいつが何も知らなかったと?」 「わからない。あいつの無神経さとかアホさは底が知れなかったから」 「恋人のベッドで浮気するくらいにか?」 驚きの目で見ると、誠吾は口端を歪ませた。 「謝花は、ここに数日いたんだ。少しつつけば、大抵のことはすぐに吐いたよ」 なるほど。海斗の顔の痕は、詐欺グループだけにやられたものだけではなかったらしい。 (ってか、俺の私生活を一体、何人の人間が知っているんだ……) このままだと街中の人間に知れ渡ってもおかしくはない。いっそのこと、ほとぼりが冷めるまで、ここで監禁してもらった方がいいのかもしれないとまで考えてしまう。 「……で、海斗は何て?」 「詐欺に関しては、知らないの一点張りだ。意外と強情でな。どんなに挨拶してやっても吐かない。——そこでだ」 誠吾は腕を組み替え、袖の中に手を入れた。 「おたくには、奴が有罪か無罪か聞き出してもらいたい。恋人になら油断してぽろっと言う可能性もあるだろう」 恋人じゃないと反論したかったが、それよりも気になったことがあった。 「……もし、海斗が詐欺だと知ってて、荷担してたんだったら……?」 誠吾の蛇のような目が光る。 「そしたら、山登りにでも行ってもらうかな。ただし戻ってこられるかはわからない山登りだが」 「!? そんなっ——」 腰をあげかけた陽向を、誠吾が手で制す。 「他人の心配をしている場合じゃないぞ、ぼうや。もしあいつが知った上で荷担していたのだったら、おたくにも連帯責任を負ってもらう」 「でもさっきは……」 「おたくが直接、詐欺に関与していないのは、わかっている。だがおたくは自分のバカな彼氏が、あれだけの人数と浮気をしていても放っておいた。詐欺のことを知っていて、おこぼれをもらうために放っておいたと思われても仕方ない」 「そんなことっ……! それに海斗は俺の彼氏じゃない!」 「信じると思っているのか? 一緒のアパートで同棲までしておいて?」 「それはっ……」 陽向は息を一つ吐いてから、押し殺した声で尋ねた。 「じゃぁ、もし海斗が有罪だったら、俺は……? 楽しい山登り?」 「そうだな……おたくは——」 誠吾は陽向の全身をじろじろ見たあと、何を思いついたのかクッと片頬を歪める。 「俺があの繁華街を仕切っているのは、さっきも言っただろう。あそこには男好きの男が集まる。当然、中にはちょっとヤバイ店もある。そうゆうところは、万年人手不足でな」 「つまり、売られるってこと?」 「さぞかし高く売れるだろうな、おたくは。きっといいご主人様が見つかるぞ。ただし、五体満足でいられるかは保証しないけどな」 「……っ」 「言っておくが、恋人をかばって嘘でもつこうものなら、同じ末路だ。俺が知りたいのは真実。それ以外のまがいものはいらない」 誠吾は、ポンと手で脇息を叩いた。 「さっそく取りかかれ。期限は、そうだな……今夜中だ。朝になったら答えを聞こう」 「ちょっ……朝って、あと少しじゃないか!?」 「生憎、こちらにも時間がなくてな。いつまでも謝花に時間をかけている暇はない。逃げた他の奴も追わなきゃならないし」 「でも……」 「いいか。これはお願いじゃない。命令だ。わかったなら、さっさと戻れ」 ひくりと、陽向の頬の筋肉が痙攣した。 「……もしかして、さっきのところに戻されるの?」 「貞操の危機を感じるか? いい手だと思うがな。あの男は拷問よりも、色仕掛けの方が簡単に堕ちそうだ」 陽向の表情を見て、誠吾は両手を上げた。 「わかった、わかった。そう怖い顔をするな。護衛はつけておく。謝花がおたくに必要以上に近寄らないように言い含めておこう」 いかにも親切そうに言ったが、誠吾の本意はわかっていた。 護衛は陽向のためというよりも、陽向と海斗が手を組んで嘘の証言をしないか監視するための見張りだ。 「……わかった」 陽向が小さく頷くと、誠吾は満足そうに微笑んだ。

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