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別れの冬 6
「え、えっ! 西野寺君、今、なんて·····っ!? 僕の聞き間違い?」
「·····違うんじゃねーか?」
「え、え·····と。ってことは、西野寺君は、僕のこと·····」
頬に手を当て、顔を俯かせる。
しかし、その表情は喜びに満ち溢れた顔ではなく、どこか痛みに耐えているかのような顔を浮かべていた。
その時、葵人の左手の薬指にはめられている物に気づき、目を見張る。
それは、ごくシンプルな銀の指輪。
その指にはめる意味を瞬時に理解し、気づけばその手を取っていた。
「この指輪·····」
「··········あっ」
ぱっと碧衣の手から放し、右手で左手を覆い隠す。
さっきのように顔を俯かせているが、罰が悪そうに、下唇を強く噛んでいた。
気づいてはいけない物だった。だが、いつの間にそんな物をはめていたのか。やはり、そこまで現実を突きつけられているのなら、だけれども、出た言葉は。
「葵人。お前はそこまでされて、満足しているのか?」
「満足、は··········」
「してないだろう。現にお前の顔は、見ていられないぐらい泣きそうな表情をしてやがる」
虚を突いた表情をした後、葵人はそろりと顔を上げ、横を向いたまま微動だにしなかった。
悲しげな表情だというのに、目が離せない美しげな横顔をしており、その悲哀さがかえって麗しく見せているのかもしれない。
いや、見惚れている場合ではない。
思い直し、碧衣もつられて葵人が見ている方向を見やったが。
衣桁に掛けられていた純白の、細やかな模様が入った着物。
指輪。純白の着物。──それは、もしかすると。
「──僕、来年の18歳の誕生日の時に、兄と結婚するんだ」
「は··········?」
葵人の方を思わず見やると、今にも泣きそうなのを堪えている、無理やり笑っている顔を見せる葵人の姿がそこにあった。
「掛けられている物はね、白無垢って言って、代々桜屋敷の次男もとい、妻になる人が着てきた物なんだって」
そんなことを言う葵人の言葉は一切耳に入らなかった。
ここまでされていたとは。
葵人がこの狂った家に産まれてきたことから決定されたことで、けれどもこうなるのは、この家にとっては、当たり前のことであって。
その当たり前を本当に受け入れていいのか。
何のために今日、友人らに半ば無理やりでも背中を押してもらい、ここに来たというのか。
「さっきの質問、答えてもいい?」
涙声になっている葵人に気づかないフリをして、「·····あぁ」と小さく返事をした。
「……嬉しかったんだ。とっても。夏の時に、僕がその·····あんなことをしたでしょ? だから、それで西野寺君は嫌いになって、来なくなっちゃったのかなって思っていたから·····」
「いや、それは·····」
首を勢いよく振って、顔を上げていた葵人がまた徐々に下を向かせていたのを後に続いて、俯かせた。
言おうか迷った。だが、それは一瞬のことで、口を開ける。
「それは違う。後になってダチに言われて、葵人のことが好きになっていたことを自覚して、さっき言ったことを言いに行こうともなかなか行けなくて、今になった。葵人は何も悪くねぇ」
「そう、だったんだ。その間もずっと僕のことを想っていたんだと思うと·····幸せ、だな」
胸に添えていた左手の薬指の指輪を右手先でさりげなく弄っていた。
少し喜びを滲ませている様子の葵人に碧衣は、心の底から告げて良かったと安堵の息を吐いた。
無理やりにでも友人が連れて来てくれて助かったと感謝を述べて。
「だけど、」と両手を強く組む。
「どんなに西野寺君が想いを告げてくれて嬉しいと思っても、僕には西野寺君と一緒にいられる自由がないんだ。嬉しいと思う度に戒められている部分が痛み出すの。まるで、兄さん以外を好きになるのを罰するかのように」
下腹部辺りを触る。
その辺りはというと、あの時見た貞操帯が付けられているのだろう。未だにそんな物でも葵人を縛りつけているだなんて、赦せない。
指輪のことも。白無垢のことも含めて。
「俺が、自由にしてやる」
「え··········っ?」
悲しみで目を潤ませていた様子の葵人と目が合う。
その零れそうな涙をそっと拭いとる。
「その足の縄と戒められているところを断ち切ればお前は自由になるんだろう? なに、簡単なことだ。今すぐにでもできる」
「そんなことをしたら、西野寺君が何をされるか·····!」
「こんな時でも俺のことを心配してくれるんだな。葵人は本当に優しいんだな」
「だって、西野寺君が·····僕のせいで、嫌な目に遭うだなんて、嫌だし·····そうなるとしたら、僕だけが辛い目に遭えばいいだけだから」
「それこそ、そんなことはさせねぇ」
葵人が言い終えるというタイミングで言い放つ。
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