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別れの冬 7

「だから、葵人。一緒に行こうぜ」 そっと葵人の頬に触れる。 普段でも大きいと思っていた瞳を大きく見開いた途端にぽろり、と涙が零れる。 少し見つめ合っていた時間が長く感じていた時、迷うように口を開閉していた葵人がやっと開いた。──のだが。 「··········ごめんね。やっぱり、一緒に行くことはできない」 「···············っ」 当たり前についてきてくれると思っていたのに。 滑り落ちていた手を痛いほど握りしめる。 「·····何が、ダメなんだよ」 相手を思いやってない声音で訊ねる。 当然、葵人は怖がったらしく、すぐには口を開かなかった。 「·····僕は長年、兄さんのことをずっと想っていた。好きで好きで仕方なかった。それがいつの日にか兄弟以上の想いがあったのを、今、改めて思い知ったんだ。やっぱり、僕は兄さん以外を好きになっちゃいけないんだ。それがきっと運命なんだ」 運命。 ──産まれた時から、先輩とそういうことになることを運命づけられているってな 運命。 気づけば葵人の細い肩をいとも簡単に折ってしまうんじゃないかと思うぐらい力強く掴み、睨みつける。 「なんなんだよっ! 運命って! お前はさっき俺が言ったことを嬉しいって言ってくれたじゃねーか!! 幸せだって! なんで、そこまで言ったクセにこんな時でもあの兄さんのことかよっ! あんな、あんなことを·····されてきたってのにっ」 言葉が、掴む手が、震えていた。 こんなにも感情的になったのは初めてだった。あとから葵人にかなり酷いことを言っていると後悔し始めていた。言ったことは取り消せない。すぐに謝罪の言葉を言おうにもこの声を出したら、きっと。 「·····西野寺、君·····」 葵人も泣きそうな声音をなんとか誤魔化して、恐る恐る手を差し伸べる気配がした。 触れるか触れまいかというところで碧衣はその場に立ち上がり、そのまま踵を返した。 何もかも振り切る碧衣に、葵人が追いかけてくる気配は無かった。 どうせそうなのだろうと思いながら。

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