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春の誕生日と儀式に。 1
穏やかな日差しにひらりひらりと、桜の花びらが舞い落ちる。
春になっていたんだなと、他人事のように何も映してない目で、新たにつけ加えられた首輪から繋がれた鍵を指先で弄りながら、葵人は窓から見ていた。
今も脳裏に過ぎるのは、学校でも見たことがないような怒りを露わに、怒鳴り散らす碧衣の姿。
西野寺が心から好意を抱かれていたのは、本当に幸せだと口から零れるほど嬉しかったのは事実。だけど、その時にチラつくのは、兄の存在。
ここに閉じ込められた時から兄の機嫌が損ねると、痛いことをされ続けた。そのこともあって、あの時西野寺とこの部屋から出て行き、その先で捕まり、戻された時に今まで以上のことをされそうだと思ったら、行こうにも行けなかった。
そして、わざと怒らせるようなことを言って。
そうしたら、葵人のことを嫌いになって、もう会いに来なくなる。
これでいい。
あの時、去っていく碧衣の後ろ姿を見てからそう思っていたはずなのに、少しでも諦めていない自分がいた。
諦めて、兄に身を捧げたいのに。
「───葵。おはよう。よく眠れた?」
いつの間にか部屋に入ってきたらしい、兄の碧人がそばに来て、しゃがんだかと思うと、額に愛おしげにキスを落とす。
「兄さん、おはよう」
同じように兄の額に口づける。
習慣化されたこの行為もさすがに慣れてきて、初々しい反応は見せなくなった。
それでも兄は優しく笑いかける。
「ふふ、今日も可愛い僕だけの葵。今日は何の日か、覚えている?」
「何の日·····?」
少し考える。
碧人の誕生日はまだ先だからそれは違う。何かの記念日と言うなのだろうか、さっぱり思いつかない。
「ごめん、兄さん。何も覚えてないよ」
「それは本当に言ってる? 何も覚えてないの?」
少し目を見開いた兄と目が合う。
この雰囲気は怒るかもしれない。そう思うと、身体が硬直する。
だけれども、葵人の思っていることは裏腹に碧人は笑みを湛えたままだった。
「そう。今日は葵が一番祝福される日なんだよ。普段はね。けれども今回は僕も揃ってお祝いされる日なんだよ」
楽しみだね、と頬に口づける。
葵人が祝福される日というのは、誕生日ということだ。本当に言われるまで全く忘れていた。
しかし、兄も揃ってお祝いされるという意味が分からない。──いや。
今日で葵人は18になる。そうか、その日になっていたのか。
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