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春の誕生日と儀式に。7

「まだ、ダメだよ」 あともう少しというところで、口に小さな丸い物を押し込まれる。 それが錠剤だと分かった瞬間、ちょうど口に当たる部分に結ばれた白い布を宛がられる。 どうして、と思っている間にも気づけば後ろ手で縛られる。 こんなにも僕は求めているのにと悲しみを滲ませた目で訴えていると、「盃を交わす時に外してあげるから」と横抱きをしてきた兄と共に出ていく。 約一年ぶりの外に感動するよりも、先ほどの兄に拒絶された方が悲しくて、胸の締めつけが、欲情していた身体を冷まさせていき、とある部屋の前に下ろされ、後ろだけ拘束を解かれた時には、あの時思っていた自分が思ったこともない気持ちに少し恥ずかしさに頬を赤らめ、俯かせていた。 そんな葵人に優しく掬うように手を取る碧人の方へ、思わず顔を上げる。 碧人はいつもと変わらぬ優しい眼差しで見下ろしてくる。 「落ち着いた? けど、頬はまだ赤いみたいだね」 冗談めかして繋いでない方の指で頬を突っつかれる。 その触れたところからじんわりと熱を帯び、下が疼いていく。 指先だけじゃなくて、手で触れて。身体ごと抱きしめて。 その言葉は、塞がれている口のせいで言葉にはならず、呻くことしか出来なかった。 「碧人様、葵様。そろそろ始まります。ご準備をなさって下さいませ」 障子の前で片膝を立てている下男の一人が静かに言ったことにより、緊張してくる。 繋いでいた手に力が入っていたようで、葵人が握り返してくる。 僕がいるから安心してと言っているようにも思え、身体の強ばりを解すために小さく深呼吸する。 いくらか落ち着いてきた時、「開けます」という掛け声と共にもう片側にいた下男と共に開かれる。 中は、今までいた部屋と同じぐらいの大広間で、顔全体を布で隠した、黒い着物を着た下男が数人両側に座り、その真ん中から中央にかけて、赤い絨毯が敷かれていた。 そこを静かに見ている下男達の視線を受けながら、兄と手を繋いだまま、しずしずと歩いていく。 中央まで辿り着くと、真ん中に両手で抱えるぐらいの盃に両隣には座布団が置かれていた。 そして、その奥には約一年ぶりの父親が小さく笑んで二人を見つめていた。 なんとなく察してきた目の前の儀式に兄と結婚するんだと、改めて実感する。 「葵はこっちに座って」 兄に支えられながら、座布団の上に正座になると、手が離れ、「もう、大丈夫かな」と口元の拘束を解き、それを近くにいた下男に渡し、その下男が唇の化粧直しをしている間に、向かい側に同じ姿勢になった兄と対面する形となる。

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