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春の誕生日と儀式に。16

「碧衣ちゃん様。ご無事で何より」 黒岩と呼ばれた男性に駆け寄ってきた碧衣に胸に手を添え、一礼をする。 「いや、誰·····?」 とりあえず後ろからついてきた石谷と疑問を口にする山中。 その説明をしようとする碧衣に、「僭越ながら私が説明させていただきます」と二人に向き直る。 「私は、碧衣ちゃん様の運転手兼護衛兼教育係の、黒岩といいます」 「おおっと·····? いきなりの情報過多で頭がショート寸前なんだけど」 「俺は、碧衣ちゃん様の呼び方にツボりそう·····ッ」 「·····俺がダチ出来てからだな。初めて出来たのが嬉しくて、律儀にそう呼んでる·····」 「私以外に心を許せるご友人が出来たことは、長年碧衣ちゃん様に仕えて史上最大の喜びでございます。それで胸がいっぱいな思いでしたのに、さらに想い人と今も愛を深められているようで、この黒岩、嬉しく思います」 おもむろにポケットからハンカチを取り出すと泣いてもいないのに、涙を拭う仕草をする。無表情で一滴も涙が出ていないのに。 いつもの調子だと、ため息を吐く碧衣のそはで、「この人面白っ! さっきの煙花火を投げたらどんな反応すっかな!」という山中に、「止めてやれよ。·····見たいけどな」と肩を震わせている石谷。 「てか、こんなことしている場合じゃねぇ。黒岩さんがいるってことは、車があるってことなんだよな? 出してくれないか」 「承知しました。ご友人の方らも、こちらです」 濡れてもないハンカチを丁寧に折り畳み、ポケットに入れ、足早と案内する黒岩と共に、碧衣は慣れた様子で、山中と石谷は顔を見合わせたものの、二人の後をついていく。 「こちらです。お乗り下さい」 自動ドアを開け、手を差し出す黒岩に、「どうも」とさっさと乗り込む碧衣の後、「おーっ! すっげー! これが金持ちの車かー!」と歓声を上げながら続く山中と、「やべー·····」しか言えなくなっている石谷も乗り込む。 「皆様、シートベルトをしましたか?」 「えと、黒岩さん、だっけ? 碧衣ちゃんが!」 「碧衣ちゃん様が?」 山中が声を上げたことにより、ルームミラーを見やった黒岩は、「ほぅ、これは」と呟く。 そう言うのも、碧衣の膝上に跨るように葵人が乗っているのをどうにか碧衣が横に座らせようとしている最中であったからだ。

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