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第4話
柴崎は日本の血が濃いクオーターで、本人は実際3分の一だからワンサードっつーらしいと言っていたが、のちに「ググったらワンサードもクオーターってことでいいらしい。」と訂正した。旭からしてみたら「ワンサードのほうがイケてません?」だったが、柴崎はざっくりと「くくり、人間で。人類みな兄弟よ。」と適当をぶちかましていた。
「で?」
「はい?」
席に着くなりビールを2杯注文した柴崎は一息にそれをあおると旭に問いただした。まるで最初から決まっていましたとばかりに、淀みのない問いかけに少々面食らう。
「かわいい後輩ちゃんはなにをへこんでんのか。」
「いやぁ…、」
仕事のことで、の相談は癪でしたくないのが正直なところだ。
旭だってもう社会人だし、一年違いの先輩に感心されたいという小さなプライドだってある。
だからせっかく場を設けてくれたのに、そのプライドが邪魔をした。
「仕事忙しくてなかなか家の掃除がままならなくて」
後ろめたさは感じたものの、うまく嘘はつけたらしい。そっち?というような微妙な表情はされたものの、それについて募られる謂れはない。
旭も男だ。弱みを見せたくない。それに、柴崎の前では出来る後輩という姿でありたい。
なんでそんなことを思うのかはわからないけれど、とにかく旭は頑なだった。
情けないと思われたくなかっただけかもしれないけれど。
「ふうん?」
カロリとチェイサーの氷が音をたてる。
「柴崎さんは実家ですか?」
「実家なら新幹線通いですわな。」
「なら女の人ん家に転がり込んでいるとか。」
「なんでそこでそうなっちゃうかなぁ~」
こう見えても身持ち固いので。と不服そうな顔に思わず笑ってしまった。顔に似合わずなんですね、と出かけた言葉は、口元手前でひっこめる。
「旭は酒飲めんの?」
ちびちびと舐めるように飲んでいるのはジンジャエールだ。
「や、飲めないわけじゃないんですけど…」
二杯目のビールを飲む柴崎を恨めしそうに見やる。
謹んでビールは辞退しますといったせいで、柴崎の体に吸い込まれるように消えていった黄金の液体。旭は未だに麦芽の味を苦手としていて、そのくせ少しのあこがれはあった。まあ、飲めないからこそなのかもしれないが。
味の想像をしたせいで、眉間に寄せられたしわが童顔を年相応に見せる。その一瞬の表情が面白くて、柴崎はなんだか口元がむず痒くなってしまった。
「一度しくじってから、どうも気が進まなくて。」
「失敗ってなにが。」
旭の様子にゆるんだ口元をごまかすかのようにつまみを食いに放り込む。お通しは枝豆だ。安さが売りの店なので、文句も出ないが、少し寂しいおつまみだなと、なんとなしに思う。
「…ちょっと口に出すのははばかられるっていうか。」
「旭は顔に似合わず秘密主義ですなぁ。」
もぞりと居心地悪そうに座り直す後輩に、いつもののりで続きを促すことは憚られた。
柴崎だって空気は読める。今の旭に、その話題をここでは口にしたくないという雰囲気を感じ取ったのだ。もしかしたら、その頭に柴崎さんには、という意味が入っているのかもしれないが。
値踏みするように見つめてくる柴崎の視線にいたたまれなさを感じていると、注文していたおすすめのエビマヨがきた。
「これこれ!まじ、食ってみ?ちょーうめぇから!」
「じゃあ、せっかくなんでいただきます。」
そえられた取り皿に、エビマヨを多めによそうと柴崎に差し出した。
「…旭、そういうとこだぞ。」
「はい?」
面食らったような柴崎の様子に、なにか間違いでも?という顔をする。悪気のない顔に気を使わせてるのは自分なのか、と柴崎は取引先という立場をすこし呪った。
仕事に不満はないが、今更ながらにその関係を突き出されたような気がしてなんだかもやもやしていると、それをよそ目に旭がエビマヨの残りを豪快に取り皿に流す。自分のことは雑だ。
俺にはバランスよく盛ってくれたくせに。まったくもって可愛い後輩である。
「柴崎さん、またビールでいいですか?」
「おぅ…、何というか、旭は好きでやってんのか?それ。」
「どれですか?」
あ、確かにこれうまいですね。
幸せそうに目を細めながら味わう姿に、何とも言えない気持ちになる。
柴崎はもくもくと分けられたそれを食べながら、薄い唇についたソースを赤い舌が舐め取るのを見た。
分けるんじゃなくても、同じ皿を箸で続きたかったなどと言ったら気味悪るがられるだろうか。
「旭はここに来る前は何してたんだ?」
「何してたと思いますか?」
相談しやすい空気づくりのための雑談だったはずが、ははっ、と張り付けたような旭の笑みに、柴崎は地雷を踏みぬいたことをを悟った。
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