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第8話
平日はとにかく静かな時間帯が多く、とりあえず入ってみました。というお客様が多い。
なるべく流し見のお客様でも一回は声をかけるようにしているが、購買につながったケースは少ない。
今日は藤崎と旭の二人体制だった。
暇を持て余すと、販売員とはなんたるか。という講義が始まる。これが旭にとってはかなりありがたくない。
講義自体はいい、だがそれは自分の自信と売上に反映すればの話だ。旭はそれができないことを自覚していたし、一度落ち込めばとことん立ち直れないのを自覚していた。
「お前の接客は自己満だ。」
「はい…、」
もともと、ここ以外の名の知れたハイブランドで働いていた経験があるからか、プライドが高く言葉に棘を含んだアドバイスが多い。旭は、元ヤンということもあるが、威圧的な言葉しか話さない藤崎のことを、未だ好きになれていなかった。
「確かに入店客全員に声をかけるのは大切だが、明らかに買わないってわかる人を長々と接客するのは時間の無駄だろ。」
「お客様に楽しんで帰ってもらおうって思ったらいけないんですか?」
言いたいことはわかるが、なんとなく嫌なものを感じて口答えをするような形になってしまう。
その旭の反抗心を感じ取ったのだろう、藤崎の目に剣呑な光が差した。
「だからお前はそうなんだ。」
まったく何もわかっていないと言わんばかりにため息を吐かれた。
「お前がお客様に楽しんで帰ってもらおうと思うのは勝手だが、お前の自己満足を押し付けているってことだからな、それは。」
「そんなつもりありません、ただ」
やれやれとそんなふうに言われると、旭の内側に隠している自身の無さが剥き出しになってしまいそうで怖かった。
自己満なんかじゃない。ほんとうに、この空間での時間を楽しんでほしかったのだ。それでも、話は盛り上がっても購買に繋がらないのは明確で、自分には向いてないのかな、という弱音が顔を出す。
ただ…の続きが出てこない。俺は何をしてあげたかったんだろう。
「タイムイズマネーって言葉、わかるよな。」
「はい、」
なんでこの人はそんな酷いこと言うんだろう。
会話が盛り上がって、買ってくれなかったけど楽しかったって言ってくれたのに。
藤崎の言い方だと、お客さんは仕方なく俺に時間を使ったってことじゃないか。
お客さんに気を使わせた?迷惑だったのだろうか。
それを汲み取れない俺がいけないのか?
俺のやっていることは、全部から回っている?
体の中に、タールのような真っ黒な感情がどろりと渦巻く。そんなことばかり考えながら接客していると人間不信になりそうだった。
その後は辟易とした感情をごまかしながら、自分を誤魔化し取り繕うのに精いっぱいだった。
なんとなく藤崎に何か言われるのが嫌で、いつも以上に小さくなりながら働く。
藤崎の言葉は、いい意味でも悪い意味でも旭の中に残ってしまったのだ。
「旭君、お客様選んで接客してるよね?」
北川の無表情が怖い。お得意の、そんなつもりはありません、は出ない。
自覚があったからだ。
「…俺が出来そうな人をやってました。」
「俺が出来そうって、自分に自信の無い販売員に接客されるお客様の立場、考えてみた?」
それが売り上げに出てるんだけど。と、有名な筆記具メーカーのペンが売上報告書を叩く。
旭は負のルーティーンに陥り、見事なまでに売上最下位だった。
「すみません。」
「…いつもすみません、て言ってるけどさぁ」
理由が言えないなら文句つけられないように働けよ。とため息を吐かれた。
「だって…、」
藤崎さんが、とは続かなかった。
また嫌なことを言われたくなくて、同じ事を言われないように動いていた結果が明確だったからだ。言い訳と取られたくない、そんな小さなプライドが、少しずつ自分の首を絞め、気分を重くしていくことも知らずに。
「回転率、上げるには早く接客終わらせた方がいいかなって。」
これが旭の限界だった。
「そんなこと、自分に自信の無い人が気を回していいことじゃないでしょ。」
北川の言うことはもっともだ。旭だってそう思う。
自分の発言に責任を持つと、決めたはずなのに、どうもうまくいかない。泣きそうだ、旭は自分が情けなくて、消えてしまいたかった。
イラついたように、北川が自分のこめかみをペンで擦る。鈍く光ったそれにすら責められている気がした。
「とりあえず、選ぶ接客はやめて。自信がないならとにかく身に着けて。あとすみません禁止。」
「はい、」
じゃあ、落ち着いたらお店戻ってきて。と告げられ、自分がキャパオーバーしていたことに気が付く。頬が濡れていた。
あのやさしい北川にもこんなことを言わせた、気を使わせてしまった。
自分が周りの迷惑になっているのが怖い。
情けなくて情けなくて、旭は辞めてしまいたい。と強く思った。自信がなくなってしまったのだ。明るいことだけが取り柄だと自分で嘘をついてきたのに、それすらも取り繕えない。
柴崎に無性に会いたい。なにか声をかけてほしい。そこまで思って、かっこいい後輩でいたいというぺらぺらな理由でついた嘘を思い出す。
結局言えないんじゃなくて、言わないんじゃないか。
そんな自分を自覚して、アハ…と小さく笑った。
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