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第12話
なんだろう、これは。と思った。
最初は、お伺いをするように、二度目は柔らかさを確かめるように。3度目の啄みで、旭の思考がもどってくると、柴崎の熱い舌の濡れた感触が旭の余裕をこそげ取っていく。
「っ、ン…!」
さっきまで摂取していたアルコールなんかよりたちの悪い酩酊感だ。大きな手で頭を抑えられ、宥めるように頬を撫でられた。
くちくちという水音が耳に毒で、頭に靄がかかったようで、考えがうまくまとまらない。
こんなふうに頭が分けわかんなくなるのも全部全部この人のせいだ。
柴崎さんがわるい。
旭は初めて、頭の容量を超えた先には気持ちいいがあるんだな、と感じた。だけどいけない、これはだめなやつだ。
口端から溢れる唾液も、唇で優しく辿りすくいあげる。
そんなふうなキスなんて知らなかった。
「し、ばさきさん…」
「ん?」
なんで俺にキスしたんですか。とか、舌入れるなんて始めてなんですけど。とか、
言いたいことは山ほどあったのに、いつも余裕の柴崎が恐る恐るといった具合に旭をみつめるものだから、旭はなんだかそれが可愛くて自分からも口付けてしまった。
「ん、」
「もの好き。」
なんだかくやしくて、そんなことを言う。このまま、流されれば嫌なことも忘れられるだろうか。
縋って、いいっすか。
はく、と濡れる唇を震わせながら零した声は届いたか。旭はふつりと瞼を閉じてしまったので、彼の表情は見えなかった。
ただ甘やかすように重ねられた唇と、口の中を蹂躙する舌の動きが酷く優しく感じ、それがすべての答えを示している気がした。
蚊の鳴くような声という例えを、初めて理解した。
唇の隙間から、かすかに空気を震わした音で我に返り、背骨がなくなったようにもたれかかる旭を見やる。
もうへろへろだ。足の間に収まった歪なバカラグラスのことさえ、今のこいつの頭の中から抜けているだろう。
「おまえって酔うとこうなの?」
旭はぐずっていた。
何も悲しくないのに涙が出てきて、それを柴崎にキスであやされる。
すがりつくものもないから、仕方なく回した背は、しっかりと鍛え上げられている。
この熱い首筋も、耳の下辺りの甘い香りも、舌も、全部全部今は俺のだ。
「も…、わかんな、い」
涙交じりの、小さい子供がわがままを言う様に、ぐじゅぐじゅの顔で強請る。くそかわいいかよ。
柴崎は華奢な背をあやすように撫でながら、ご機嫌伺いをするように頬や瞼をに口付ける。
やだやだもっと、と言わんばかりに濡れた唇を押し付けられたら答えるしかない。
隙間などなくていいの、くっついていたいの、首に回された旭の細腕から、そんな声が聞こえる。
寂しがり屋で甘えん坊なところは昔から変わっていないらしい。
拙いがながらも、必死で舌をすり合わせる様子に、どうしようもなく劣情を煽られる。
後ろがベットのこの状況を、こいつは理解しているのだろうかとも思ったが、駄々っ子のように愚図りだす小さな頭を撫でながら考えることでもなさそうだ。
だって今、旭は俺に甘えてくれているのだから。
ふにゃふにゃと情けない声で聞きとれない文句を呟いたかと思えば、まるで柴崎の顔で涙を拭う様にすり寄ってくる。
どうしよう、かわいい。
自覚がないだけか、何やらもったいぶられているようで、悪魔かと思う。心なしか熱い背を撫でながら、啄むように耳から首筋へと唇を滑らせた。
「あさひ。」
「あ、ぃ」
「…寒いか。」
「ば、さきさ、しばさきさ、ん…」
すがるようにしがみつかれ、震え、名前を呼ばれる。腹の奥にくすぶる火が大きくなった気がした。
答える様に甘く耳朶をはんでやれば、嬉しそうに喜ぶ。
こいつがいいなら、俺は。
「あ、…ぁ…」
「強請り方はわかるか。」
両頬を優しく包み、言い聞かせるように。
すり、と鼻先を擦り寄せながら、濡れて深い色合いになる黒い瞳を見つめた。
こいつの目に、今映るのは俺だ。
「しばさきさん、」
ここ、塞いで。
柴崎の手を薄い胸に押し付けながら、甘える様に呟いた。
鼓動で体が震えているのに、こいつは。本当に意味を理解しているのだろうか。
ごくん、と喉がなる。泣きそうな、可哀想な旭の小さなおねだりがが合図になった。
「もらうからな。」
「ン…っ」
何を?はそのまま飲み込まれた。
真冬で寒いはずなのに、寒さ対策が羽根布団一枚という時点でおかしい。もっとおかしいのは、なぜか裸の柴崎と一緒にねているということだ。
「ひ、ぎ…っ」
「落ち着け、ゆっくり深呼吸しろ。」
「いったい…っ」
意地悪な声が、喉奥で転がる。掠れた声で笑うなと思った。
「今三本目。」
「聞きたくない…い、」
薄暗い部屋で、耳を塞ぎたくなるような粘着質な音が部屋に響く。
柔らかい唇と共に、絆され、安心するような柴崎の大きな手に救い上げられた俺は、夢心地から一転、あまりの羞恥と痛みに酔いがさめていた。
「うぅ、やだぁ…」
「ここまで来てやめねーからな?」
ぐち、ぐぷり。聞きたくもないし見たくもない。羞恥を煽る音の発生源に、そこに入る柴崎の大好きな指を想像して涙が出た。
「俺のおしりこわれちゃう…」
「まだ解してるだけだっつうの。」
こんな真剣な顔して人の内臓を撫で解すとか、柴崎は何を考えているのだろう。と純粋に疑問に思った。
「たのしい、ですか?」
一体その質問はなんだ?と言うような顔で見られる。
「はいそうですと答えてほしいのか。」
「イエスでもノーでもいやだ、ぁ…」
「でしょうな。」
ふふっ、とまるで余裕かのように笑ったかと思うと、泣き言を漏らす俺の唇を軽く啄んだ。
この人はキスが好きらしい。唇を何度と重ねたせいでひりひりする。
こんなこと、知るとは思わなかったな、なんて。
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