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第16話
ラブホと間違われることも少なくないメルヘンなアパートの一室で、欄干にだらしなくもたれかかり、柴崎は悩んでいた。
「あー…」
寒空の下、指先に挟んだ煙草をあそばせ紫煙を吐き出す。旭を抱いてから、なんだかどうにも駄目なのだ。
仕事に支障はないが、主にメンタル面である。
「あんだけ貪っといて、勝手に落ち込んでんじゃかわいそーだわな。」
かは、と自嘲気味に吐き出した言葉だが、やはり刺さる。
あの後、風呂から上がってきた旭を捕まえて、昨日のことなんだけど。と切り出したところで、見事に声を裏返した旭に言葉を遮られた。
「おおぉぉぉおおれきのうのこときにしてないですきゃら!!!!!」
とお手本のように華麗にどもりを見せつけながら柴崎の家から逃げる様に帰って行った。出掛けにぶつけていた肘は大丈夫だったのか、とか、髪濡れたままで風邪引くぞ、とか。
なんだかわけのわからぬままオカンのように心配になったが、後から言われたことを思い出し、なかったことにされるのかと動揺した。
気に入りのスウェットはあれから1週間帰ってこないので、新たに買い足す羽目になった。この請求は旭に行く予定である。
だがしかし、抑えが効かなかったとはいえ自身の連公休初日に抱いてしまったことがネックだ。
あれから会えてもいないし連絡も来ていない。
好きだと伝える前に、前後不覚泣で泣きそうな旭に付け込んだ。あのときの自分に言いたい。思春期じゃねえんだからおちつけと。
ここ、ふさいで。
耳に残るあどけなさを残した声色で、わずかに繋ぎとめていた理性をぶっちぎられたのだ。
大切に大切に、出会った時から育んできた柴崎の気持ちは、暴力的に旭を犯した。まっさらな新雪を土足で踏みにじるように。
「くっそー…」
ちゃんと塞げたのか。俺は。
儚くなりそうなあいつを取り込んで、逃げ道を作ってやりたかった。甘えられて、完全にコントロールを失った自我は、そら見たことかと今更痛いところを刺してくる。
きっとあの時の旭の反応からして、大方迷惑をかけるからなかったことにせねば!と暴走したにちがいない。きっとそうだ。あいつは思い込むと蒸気機関車のように突っ走る。
ヂリ、とフイルターすれすれまで火種が侵食し、そのしぶさも相まって眉間にシワがよる。
久しぶりに煮詰まった事になんとも言えない気持ちになりながら、ぐしゃぐしゃかき乱した髪は、さらに寝癖を酷くさせた。
誰からも見られているわけじゃないのに居心地の悪さを感じ、ごまかしをするようにさらに一本火をつけた煙草は、舌がしびれる苦さだった。
「キンスパの三番手、ちょっとよくない?」
金曜バラエティのような略称で、女性社員が持ち出した話題は旭についてだった。
「えー、ちょっと頼りなさそうじゃない?」
「ばっか、そこがいいんじゃん!扱いにくい男より断然いいって。」
「やだ、マジに狙ってんの?」
「マジよマジ。まだ接点はないけど、」
あたし男運なくてさー、と続けられたその後の自分語りを聞き流しながら改めて、あいつに好意を寄せる女がいるという当たり前の事実に、まじかよと呟いた。
図らずも置くことになってしまった距離がもどかしい。パソコンの前で眉間にしわを寄せていたら、タイミングを狙ったかのように真顔の旭が事務所に滑り込んできた。
「レジお願いします。ポイントカード無しの55000円一回払いで。」
どうやら込み合っているらしい、一息で告げると驚くほどの手際の良さでギフト包装をこなしていく。
流石に忙しい中で絡みに行くというわけにも行かないので、おう。と淡々と返してレジを打つ。
ただ顔だけは怖かった。まさかギフトをお願いした人もこんな鬼気迫る表情で可愛いらしいラッピングをされるとは思わないだろう。
クリスマスを三日前に控え、下見の客が戻ってきたのか、恋人に55000円も出すのだ。さぞかしいい男なのだろう。
平日で一本越えをするブランドはだてじゃねぇなと思いながら、クロージングを終えた旭が顔に笑顔を張り付けて足早に去って行った。
その後間髪空けずに北川や藤崎が駆け込みで会計を済ませ去って行ったが、坂本が入金しに来たときは落ち着いたのだろう、怒涛の30分間でキングスパロウは40万も売り上げていた。
ちなみに客数は18客。雑貨がメインの稼働だったようで、単品買いのギフト客で大いににぎわったようだ。
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