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第18話

浮ついた話題があるのかと言えば、柴崎のおかげで無いわけでもないのだが、それを胸を張って語れるかと言うと話は違ってくる。 そんなことを思いながらなんて言おうか逡巡していると、横で目を煌めかせていた坂本がまさか…と続けた。 「彼女いないわりには遊んでんすか旭さん!!」 「彼女いなくて悪かったな!!」 我が意を得たりと無邪気に決めつけられ、思わず強めに言い返す。あれ、なんかこの引っ掛けのようなトラップのような、しくじった感はなんだろう。 旭は先程の流れを否定しきれていなかったことを思い出し、はっとなる。 だが、ここに空気の読める大人は一人もいない。知った事かといわんばかりに突如藤崎お悩み相談室が、無慈悲にも開かれた。 「貴殿に問おう。そこに愛はあるのか。」 「あいぃ…!?」 まさかその単語が自分に対して使われると思っていなかったので、思わず声が裏返ってしまった。 「そもそも旭はその子のこと好きなの?」 すかさず北川が軌道修正を図るが、その眼は座っている。おい、この人大丈夫か。 坂本はなんだその目。やめろこっちみんな。 そんな6つの目に捉えられ、逃げ場を塞がれる。 色恋の話なんて久しくしていないのでどう答えるのかすぐに思い浮かばない。だが悲しきかな、視線はそれを許してくれる様子もない。 旭はぐっ、と止めていた息を呑み込み、絞り出すようにボソボソとした声で話す。 「…好きではあります。けど、愛かといわれるとちょっとイメージわかないっていうか…。」 どうもこうも、先輩後輩の枠で収まっているつもりだったのに、手を出してきたのは柴崎の方だ。 なんで俺がこんなめに、と、今はいない(居ても困るが)相手に対し、八つ当たりを決める。出来るかどうかは別だが。 「じゃあ、ライクであってラブではないと?」 「よくわかりません…。」 「わかんねーのによく寝たな。」 藤崎の身も蓋もない言い方にうぐぅ、と、詰まる。お前も隅に置けねーな、と楽しそうに言うが、相談室言いだしっぺがさっそく職務放棄ですかとおもう。 坂本は曖昧な発言を続ける旭をじぃっ、と見つめ、んーとぉ…と若者特有の間延びした口調で続けた。 「でも、好きじゃなかったら流されないっすよね?」 「はぇ?」 「だからー、身を任せてもいいって思ってんなら好きかマゾしかないっしょ。」  意外にも、一番若い坂本が言った何気ない一言がぐるりと頭の中を一周した。 「マゾて!気持ちで受け止めるか体で受け止めるかってこと?」 藤崎は完全に酔ったらしく、がははと笑いながらテーブルを叩く。どうやらツボに入ったらしい。ほんとこの人声がでかいなと思わず顔が渋くなる。 「つまり、肉体で考えるとどーなの?」 「き、北川さん反応しないで…。」 なんだこの尋問!非常に帰りたい!心の叫びを態度で現しているつもりなのに、中座すら許されないらしい。坂本が俺の分のジンジャエールを追加注文してしまった。 「俺は頭と下半身が直結しているわけじゃないので!!」 「おおっ、つまりヤれればいいと?」 「なんでそうなる!!」 「旭さん以外と隅に置けないっすね!」 「茶化すな坂本、旭は多分下半身で考えてるわけじゃないって言いたかったんだと思う。」 「そうそれ!!!!言い間違いだからほんとまじで勘弁してください!!!」 相変わらず自身の語彙力の無さには辟易するが、北川が意味を捉えてくれたのが救いだが、そもそも会話の半分が揚げ足を取られているということに旭自身気づいていない。 泣き言を漏らすも何かしら言わないとこの空気は終わらないようで、あわてて両手でタイムのサインをした。 「おれは…」 それぞれの聞く体制で固唾をのんで見守られる中、追加注文されたジンジャエールがサーブされる。なんだかそれに柴崎と初めて飲みに行った時のことが思い出された。            多分ざっくり3か月くらい前、一緒に中華料理に舌鼓を打ちながら他愛もない会話をしていたように思う。せっかくの柴崎との飲み会なのに、その日は嫌な思いをしてくさくさしていた。 「かわいい後輩ちゃんはなにをへこんでんのか。」 見抜かれていたんだろうなと、今振り返ってもわかる。そして柴崎なりの気遣いも。耳心地よいハスキーな声で水を向けられ、動揺して思わずごまかした。みみっちいプライドなりに、恰好をつけたかったのだ。俺は大丈夫、何故ならあなたの後輩ですから。今思っても、なけなしの虚勢だった。 「仕事忙しくてなかなか家の掃除がままならなくて」 誤魔化した俺に苦笑いをして、超えられなくなったら言えと見つめられた。なんだよその誤魔化し方。とかいって、怒ってもいいレベルだ。自分でもわかる。でも柴崎は追及してこなかった。 だから甘えてしまったのかもしれない。この人なら大丈夫と。 濡れて透き通ったビー玉のようにきらきら光る瞳に透過されたくなくて、麻婆豆腐で誤魔化した辛さ。向き合いたくないのは、その瞳にこれ以上虚勢で塗り固めた自身を写したくなかったからだ。 なのに経緯はどうであれ、口付け、体を重ねた。胸のど真ん中にぽっかり空いた足りない部分を満たしてほしくて、都合よくも強請り、求めた。 触れた唇に、浅ましくもその先を求めそうになり、そして怖くなって逃げたのだ。 最低だ、俺。            

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