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第19話

カランという氷の音に、引き戻される。熟考していた間、変なチームワークでおとなしくしていたらしい。 「…旭?」 本当に恐る恐るといったように問いかけてきた北川に、この人でもこんな声出すんだなんて思った。 「おれ、やべーやつです。」 「やべーやつ?」 「めっちゃ顔色悪いですよ?」 坂本の気遣いを引き金に、思わず顔を覆った。 自分のしでかしてしまったことに対して、だ。旭は自分の空白を埋めてもらうためだけに優しさに漬け込んだ。利用してしまったのだ。 「自覚する前に、終わった…。」 自分でも驚くくらいかすれた声で呟かれた言葉に、何を言っているのかわからないといった風にぽかんとされる。 「え、え!?」 坂本が先に理解したようで、大きくびくついた。今までいくら仕事のことで注意をしても飄々としていた奴がである。その様子がなんだか面白くて、なんだか複雑な気持ちだ。 「旭さんいま好きな人できたんですか!?」 「いま!?」 やかましいことこの上ない。周りが驚かなくても旭自身が一番理解している。まさか恋の始まりと終わりが同時にくるとは思わなかったが。 「自覚する前に終わったってつまり、」 「最低な奴過ぎて、失恋前提ですね…。」 あはは、と顔を上げずに呟いた。なんだかこの情けない顔を見られたくなかったのだ。 北川はびっくりしすぎたようで、あー、だかうー、だかと言いながら考えをまとめた後、普段の柔らかい声で、一つ一つの細かい傷を確認するかのような慎重さで問いかけた。 「なぁ、坂本。」 「へ?俺?」 「身を任せてもいいなら好きかマゾかーって、旭のこと言ったの?」 「いや、相手目線ですけど。」 ケロリと、さもあたりまえかのように答える。 旭は、二人が自分とは違う視点からの考察をしているのだと思った。当事者である本人は完全に置いてけぼりなのは笑うしかないが、少なくとも自分の為に話してくれているのだと思うと、くすぐったい気持ちになる。 結局、二人が何を言っているのかわからないまま顔を上げると、気まずそうに坂本が頭を掻いていた。 「好きじゃなければ流されないっていったじゃないですか。」 「うん、」 「それ、相手のこと言ってたつもりだったんす、よねー…」 まるで秘密を打ち明けるかのような声のトーンだ。何も悪いことはしていないというのに、何故か後ろめたくかんじているらしい。 「好きかマゾかも?」 「はいぃ…。」 それってつまりどういうことなのだ。と、残念ながら旭自身の思考は自己嫌悪で普段以上に動きが鈍い。 ここは黙って流れを見極めようか、と思ったときである。横にいた藤崎がスパァン!と小気味よい音を立て坂本の頭を叩いた。 「お前!毎回言ってるだろ!!主語を言え!!」 「だって伝わると思ったんですもん!!」 「伝わるか宇宙人め!!」 暴力反対!!や、うるっせぇ!!などというじゃれあいのような坂本と藤崎のやり取りを眺めながら、北川が焼く肉の音を聞き流す。 旭は、ようやくじわじわと言っていることを理解し始めた。 それって、そんなことあるのだろうか。 「旭。」 「…北川さん。」 「失恋にはまだ早いぞ。」 そういって、いい具合に焼かれたハラミを取り皿にのせられた。 相手が自分のことを気にしているパターンの可能性は全く持って考えてなかった。というか、未だにありえないともおもっているが。 「始まってないなら、なんで終わりって決めつけるんだ?」 「そ、れは…」 頭の中が空っぽすぎて、何も出てこなかった。 ありえないからと、自覚した瞬間も自分の恋心を前提にして自己判断をし、結論づけたのだ。 「販売もそう、自身の評価は相手にしかわからない。胸張ってなきゃ前なんか見れないぞ。」 「そうだぞ旭、自覚しただけ儲けたもんだろーが!」 「そうですよ旭さん!雲の向こうはいつも青空ってね、アメリカの偉い人の言葉ですけど!」 「偉い人って誰だよ。」 「わすれました!」 思い思いに励まそうとしてくれる様子に、なんだか形容しがたい気持ちになる。ついさっきまで、自覚した気持ちに終止符を打とうとしていたが、これは彼らなりに旭の背中を押そうとしているのだろうか。 男だらけで恋愛話だなんて実りも何もないと思っていたことが嘘のように思えてくる。 「なんか、すみません…」 励まされちゃって、とは続かなかった。唇がムズムズする。少しだけ、照れた。 そうだったらいいな、と。ほんの少しだけ前向きになれた。それだけでよかった。 「そーいうときはありがとうだろーが!!宇宙人2号め!」 意地悪な笑みで言う藤崎の言葉にむっとしたが、結局自分も頭が硬いのだ。甘んじてその評価は受け入れよう。 「坂本と二人、エイリアン同士頑張ります。」 「宇宙人よりひどい!!!」 おれエイリアンはいやだー!と抗議されたが、笑ってど突いておいた。肉好きな北川が直々に焼いてくれたハラミは、冷めてもおいしかった。

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