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第20話

結局イルミネーションは忘年会まで光っていてはくれず、百貨店周辺はもう新年に向けてラストスパートだった。 たかだか1週間程度で今年が終わる。なんだか怒涛の1年だったが、終わりなんて呆気ないものだ。 そして、バタバタしたせいで柴崎とは今日まで口を利かずじまいだった。 声をかけようとはしたのだが、福袋の積み込みがどうとかで電話をしながら怒鳴っていたのでやめたのだ。 「結局大晦日まで引きずったなー…」 休憩室の机で組んだ腕に顎を乗せ、くつろぎながらつぶやいた。この後館は18時で閉店し、20時からここで忘年会なのだ。ちらほらとセール準備が終わったブランドから集まってくる。普段は休憩室として使われる従業員用のカフェスペースも、目端に捕えた積み上げられた缶チューハイの存在感から、今夜は無礼講なのだということが容易に受け取られ苦笑いする。 アルコール度数9%を歌う有名なレモン味のそれは、シニアマネージャーの計らいか。恰幅のいい女性だが、仕事ができすぎて男性社員からも恐れられている。たしか柴崎はおもちゃとして気に入られているとか言ってたような気がする。可哀想だが、弄ばれているならちょっと見てみたい気もする。 用意されたドリンクの中にノンアルがなさそうなので、今日は早々に退散予定だ。まぁ、捕まらなければの話だが。 「旭だ。」 「わ、大林。」 おつかれ、と緩い空気をまとい、向かいの席に腰を落ち着けたのは、最近移動してきた向かいのブランドの三番手だ。同い年で、百貨店に勤めながらも両耳に開けられたピアスホールの量はバンドマンさながらだ。 ブランド柄、全体的に黒くモードな服装も相まって、黒猫みたいなやつだと毎回思う。 「集まり悪いなー、旭ンとこは全員参加?」 「うんにゃ、俺と坂本と店長。藤崎さんは奥さんにアルコール禁止されてるからって帰った。」 「逃げたな。」 「それな。」 白々しく、非常に参加したいのはやまやまなんですけどね!!と力強く語っていた藤崎に対し、俺も俺もと続こうとした店長が有無を言わさずマネージャーに連行されたのは笑った。 坂本がドナドナを歌ったことで、こらえていた笑いが暴発し、結果坂本と旭も右に倣えであった。 「旭ってバンドとかやってたくち?」 大林が掴みどころのない笑みで切り出した。 「やってたより追っかけてたかなぁ。」 「まじで、そっちだ。」 「もっぱらお化粧バンド専門でしたが何か。」 「うける!絶対そうだと思ってた!」 学生時代に、衣装制作を通じて友達のバンドを見に行く機会があり、そこで知ったお化粧バンドに見事ハマったあの頃が懐かしい。もっぱら自分は衣装がすきで、歌詞のことはちんぷんかんぷんだったが。 話題が盛り上がると、顔に笑い皺を残したまま大林が続けた。 「やっぱ習性っていうかさ、同じ匂いのする奴とは惹かれあうよな。」 「俺大林と違ってピアス馬鹿みたいに開けてないけど!?」 「わかるんだよ、普通こんなずたずたの耳みたら真っ先に突っ込んでくるはずだし。」 そういって、千切れた耳朶を撫でる様に触る大林は、何かを悟ったような大人びた表情をする。なんとなくだが、言いたいことはわかるような気がしたが、それを語彙に出来るほど頭がよくないのも自覚しているので、何とも言えない表情になる。 「旭が俺と話してて一度もピアスのこと聞いてこないから、見慣れてんのかと思ってさ。」 ふふ、と鼻から抜ける様に笑ったかと思えば、おもむろに大林のすらりとした手が旭の頬を滑り、耳朶を撫でた。 「お、ぉお?」 「旭ってピアス開けたりしなかったの?」 触れてきた大林の袖口が首筋に擦れると、不本意にもひくりと肩がはねる。そのまま梳くように髪を耳にかけられると、大林は目を細めて見つめてくる。切れ長で綺麗に形造られた目が緩むと、あどけなくなるんだなと思った。 「お、大林くすぐったい、」 「開けたことあるね、ここ、コリってしてる。」 「うぅ、」 遊ぶように耳朶を嬲られる。旭はびびって一個しか開けられなかったが、まるでそこを愛おしむように指先で遊ばれると尻の座りが悪い。妙な空気に緊張が解けないでいたその時だった。 「弱い者いじめはやめてくださーい!!!!」 「ぅごっ!」 間抜けな制止の声と共に、どこからか現れた柴崎が大林にヘッドロックをかけていた。 「はぁ!?どっから湧いてきやがった!!」 「一応取引先なんですけど?」 「首!!決まってんから外せ!!」 「お願いします柴崎様で外してやる。」 「くそ崎!!!」 ぎゃいぎゃい、先ほどの変な空気から一転、大学のサークルのような雰囲気に思わず呆気にとられる。慣れ親しんだ様子から、古い知り合いなのだろうかなどと見当違いなことを考えかけて、我に返った。 「お、お疲れ様です!」 「お疲れ旭、相変わらずマイペースで何より。」 「ありがとうございます?」 褒められたいるんだかよくわからないが、久しぶりに柴崎の口から名前を呼ばれ、なんだかそわそわする。 無邪気に大林で遊ぶ柴崎を見ていると、なんだか羨ましいような、でも仲間にしてくださいとは言えないような空気感だ。 なんだかあの夜のことを、今の柴崎に繋げるのはいけないことのような気がして、普段通りに話す言葉すら出てこない。久しぶりの柴崎を目の前にして、こんなに話題なかったか?と思うくらいには戸惑っていた。

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