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第21話

ぎゃいぎゃいとじゃれあいのような二人のやり取りをあっけにとられる様に見つめつつ、そういえば積み込みは大丈夫だったんですか?と思い出したように取ってつけた内容で会話に混ざろうとした瞬間だった。 「柴崎さん!遊んでないで音頭とってくださいよもー!」 やれやれ、といった風に声をかけたのは事務所の女性社員だ。いつもの制服ではない恰好は、今時のモテ系女子といった感じだ。 いつも明るい彼女は人懐っこく、フロアの男性社員からも人気である。 「ほんと男子って感じ!挨拶終わったら解放してあげますから、とりあえずこっち来てください!」 「あ、おい!」 さすがの柴崎も女子社員にはかなわないのか、腕を絡められるように引きずられていった。 「今時女子って感じ…。」 「肉食だぜきっと。」 「俺が女子なら、男子の集まりに突っ込めないわ。」 「彼女には逆らっちゃいけないね。」 大林と、なんだか台風のような女子だった。と苦笑いすると、半ばやけくそであろう拡声器を持ち、壇上に上がる柴崎を見やる。 先程組まれていた腕を思い出し、白い手に彩られたシンプルな薄桃色のネイルがよく似合っていたな、なんて思う。自分の平たい薄い爪には到底似合わないだろうな、まで想像に耽り、そもそも性別が違うと後から気がついた。張り合うまでもない。 「おめーら杯をかわせ!!!」 そんな泥濘にハマるような思考を切り裂くように遮ったのは、拡声器で割れた声だった。 まるで山賊の頭のように柄の悪い音頭を取った柴崎に、思わず吹き出す。なんだかんだ、文句を言っても締めるところは締めるのだ。 「やけくそすぎだろ!」 あはは!と我慢できずに笑うと、隣の大林が周りの乾杯に紛れて柴崎に中指を立てていた。 あの人はやけくそになると一気に子供っぽくなるなぁなんて思いながら、雑な音頭に合わせて乾杯をした。 忘年会にはなんだかんだで結構な人数が集まる。この感じだとバイヤーである柴崎の周りは人柄に相応しく騒がしくなるだろう。 年明け前に、一言でも話せたからいいか。頃合いを見て帰宅しよう。ちらと目配せをしてみたが、遠目からさっきの女子社員に引っ張られ、カメラ撮影に付き合わされる柴崎のめんどくさそうな顔に少し笑う。 なんだかうらやましいような、そうでもないような。 年が明けたら切り替えよう。明けたら、また何事もなかったかのように振る舞って、元の関係に戻ろう。 小さくうなずいて、持参したお茶と共にくちくなった気持ちをごくりと飲み込む。大丈夫、こういうのは昔から得意だった。だから、大丈夫。 よく振らずに飲み込んだお茶は少し渋くて、胸のあたりに痞えた浅ましさを責められているような、そんな感じがした。 「はー…、」  胃を撫で、腹に手を滑らせた。見えない汚れを振り払うかのような動作を見ていたのか、大林がきょとんとしながら腹でも減ったのかとマイペースなことを言う。 旭は誤魔化すように笑うと、そうかもと言った。 1月も半ばに差し掛かってくると、女性客が紳士服フロアにはびこる。クリスマス後、ワンクール明け、大量に納品されてきた靴下、ハンカチ等の3千円以内で買える雑貨達は、来るバレンタイン商戦に向けての下見客にモテている。 ネクタイも、柄はともかくとして13000円程度で買えるので、夜のお嬢様方が自分の顧客へのプレゼントとしてこぞって買いに来ていた。 おかげさまで12-2月にかけてキングスパロウは好調である。みんなそんなにブランドネームが大切なのか、とも思ったが。 「正直、ネクタイもらっても趣味に合わなきゃいらねーけどな。」 「マジ営業妨害なんで言うな。」 閑散期に入ったフロアは静かなもので、時折冷やかしにカップルの入店があるくらいだ。ばれない程度に雑談する分には問題はない。 なので、同じく暇らしい柴崎が店裏の事務所からフロア周りという名目で遊びに来るのを、誰も咎めずにいた。 「旭はもらえる予定あるのか?」 「あるわけねえええええ…。」 にゃっす!と軽やかな挨拶で顔を出したかと思えば、来て早々にこれだ。新年あけたら切り替えるとは言ったものの、少しくらい構える時間が欲しかったのが本音である。この人、マイペースすぎるだろう。 そんなことを思いながら、気軽な柴崎に救われたけども。 悶々とした気持ちが顔に出ていたらしい、ふむ、と旭の顔をちらりとのぞいたかと思えば意味のわからないことを言われた。 「一日目?」 「はい?」 何言ってんだこいつ、急にどうした。と怪訝になりながら、によによと謎に楽しそうにして笑う柴崎を見やる。 久しぶりの底意地の悪さを体現したよつなイジメっ子面だ。 無邪気に、旭が言葉の意味に気づくのを今か今かと待っている。 なんだかその顔が少しだけ腹が立った。

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