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第23話

なんとも面倒くさいなと、柴崎は思った。 理由は簡単で、先程から突き放しているにも関わらずへばり付いてくる横の女のせいである。 「約束覚えてないの?」 同じ職場の同僚で、ここ最近やけに旭について質問攻めにあっていた。 元々可愛い系の男が好きということは知っていたが、その可愛いという括りがわからず、紹介してよとしつこかった為、はいはいと適当に流していたのが仇になった。 まさかその可愛い系の男に旭が当てはまるとは思いもよらなかったのだ。 確かに旭は可愛いが、童顔だからちょっとなー、などと上から目線で値踏みをしていてこの女は、何故かはわからないが急に、わりといいかも!と狙いを定め始めた。 「覚えてるけど、色々あんだよ。」 「あたしじゃ不満ってこと?」 「あーもう、お前少し黙れ。」 周りから見たらただの痴話喧嘩である。腕を抜こうと体を離すも、絶対に逃さないとばかりに腕にしがみついて離れない。 距離感が近い女だとは常日頃から思ってはいたが、ここまでされると流石に辟易する。 別に付き合っているわけでもないのにこの態度はどうなのだ。旭にされたら別だが。 チープな香水に嫌気がさし、衆人環境であるため手荒に扱うこともできずに好きなようにさせていたのが悪かった。 「なんで繋いでくれないの?柴崎の後輩だから?」 意図せず心理を付いてこられ、思わず眉間にシワが寄る。 バチバチの付け睫をつけた馴れ馴れしいこいついわく、最近色気が出て来たと。 明らかに己のせいである。一度貪るように抱いた。以降ふとした瞬間に色気を感じる様になった。 そのあやうい雰囲気に漬け込まれないためにも、はやくこいつに別の男を紹介して旭から目をそらさせねば。 最近、旭は上の空なときが多い。なにかに思い詰めているのは間違いない。 そのなにか、が自分であればどんなにいいか。 「ねえ聞いてんの?」 耳障りな声が急かす。旭が女が好きだとしても、所謂肉食系女子であるこいつになんか絶対にやらん。 抱いて以来、ひと月以上たってやっとまともに会話するようになったというのに、こいつのせいでまた距離が開いたらどうしてくれる。 「単純にお前みたいなクソビッチと関わらせたくない。」 「え、もしかしなくても彼童貞!?」 「目を輝かせるな、目を!」 はたから見れば可愛いのであろうが、男遍歴だけで語らせれば一日が終わりそうなこいつに旭を生贄に捧げる気もない。 「彼可愛いよね、一から教えてあげたくなっちゃう感じ。」 「口を慎めビッチ。お前にうちの子はやらん。 「糞セコムかよ。本当性格悪い」 「どうとでも言え。」 大体、旭を名前だと勘違いしているお前なんかに誰がやるか。 さすがにそれを言えば、名前は!?と話題に食いついた挙げ句、翌日からは名前呼びにシフトチェンジする未来しかないので言わないでおく。 まだ俺も名前呼びしてないのにこんな奴に先を越されてたまるか!というのが本音だ。 いい加減にしろと些か激しくなってきたスキンシップを振り払おうとしたその時だった。 柴崎のスマホの着信が鳴り、もう一人の社員が着いたことを知らせる。旭の代わりの生け贄であるこいつも彼女を欲しがっていた。これ幸いと食事会をセッティングし、早々に自分は退散するつもりであった。 それなのにこいつが遅刻するから俺一人でこの女の相手をするハメになるのだ、と文句の一つでも言ってやろうと耳に当てて振り向いたときだった。 「あ?」 「ぁ。」 目端に捉えた見覚えのある姿に視線が吸い寄せられる。形のいい目を大きく丸くし、はくはくと言い訳を探すように唇が動く。振り向いた先、かちりと音がするように噛み合った視線から逃げる様に目線を泳がせうろたえた後、とっておきの獲物が踵を返した。 あさひ。おまえ、いたの。 列から抜け出した旭がいた空間はすぐに埋まり、ブォンと自動ドアの無機質な音がしたのち姿を消した。 スマホの先で、友人が何かを言っているのが聞こえるが、それすら耳に声として伝わらない。 それ位、旭の表情が目の奥に残った。 なんだかわけがわからない。だけど、息ができないような、泣いてしまいそうな様子だった。 閉じた自動ドアが、追うんじゃない。と柴崎を阻むように主張する。 ねぇ?と耳障りな声で腕を引かれた。掴まれている腕からどんどん体温が吸収されていくようで、急に他人の体温が気持ち悪くなった。 「帰る。」 「は、え!?」 「じゃあな。」 「飲み会は!?」 「俺抜きで飲んでろ。」 財布から適当に札をだし押し付けると、目もくれずに後を追いかけた。後ろから何やら文句が飛んできたけれど、今はそれどころではなかった。 優先順位なんて決まっている。やっぱりこいつはくそ女だ。 俺は今からかっこ悪くも弁解しに行くんだから、お前に構っている暇はない。 「やっぱ俺性格悪いわ。」 「は!?」 俺をみた旭のあの顔が俺を意地悪にさせるのだ。 にやけている。さっきの可哀想な旭が、俺のせいなのかと期待している。なんで逃げる、お前は俺のだろう。と、急かされる。 人ごみの抜けた先へと視線が向かう。静止を振り払い、追いかけるようにして店を出た。 俺をそこまでさせるのは、おまえだけだぞ旭。 柴崎は笑っていた。意識されていることはわかっていたからだ。ただそれが、どういったものなのかまでは自信がなかったから、今の今まで奔走した。 一度抱いたとき、これだとおもった。 可愛い後輩は、柴崎の足りない部分を満たしたのだ。 あの反応は、いけない。また満たされてしまう。 あいつがいつも泣く場所は俺であらねばならない。愛しい獲物の逃げ道はわかっている。俺が行くまで、そこで震えて待っていろ。 いつも飄々とした柴崎はいない。 そこにいたのは、旭には知られたくない貪欲で傲慢な男だけ。 冬の寒さを孕んだ夜風ですら、その男を冷静にさせることは出来なかった。

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