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第27話
やばい、こいつあたまおかしい。
「お前、あまりにも自由すぎるだろう。」
「俺旭です。お前って名前じゃありません。」
「…旭はなんで初対面の俺に可哀想だなんていうんだ。」
「だって先輩つまんなさそうだから。」
例えるなら、見世物小屋の住民みたい。
本人の自覚以上にそう見られていたらしいが、可哀想などとのたまう割には見下すような目線はない。
「お前だって人目を引いてる。」
「観客増やすために仕方なくです。」
にへらとあどけなく笑う顔立ちは中性的で、作りこまれた印象だった。
お前だって似たようなもんじゃないか。と口に出そうとしたが、やめた。なんだか人のことが言えない気がしたのだ。
「お前面白いやつだな。」
「デザイン科2年です。ショーはこの後十四時から。」
「興味持ったら来いってか。」
「先輩が来てくれた方が動員増えそう。」
「俺はパンダか。」
「パンダって意外に気性が荒いらしいですよ?」
会話のやりとりが変化球過ぎても、なかなかに新鮮で、その駆け引きがなんだか癖になる。
こんな不思議な魅力を持った奴が後輩にいたのかとさえ思った。
旭は多分頭がいい。どのように振る舞えば相手が自分に興味を持つのか、それが分かっていた。
アーモンド型の猫のような目がじっとおねだりをするように自身を映す。遠巻きに愛でられるより気分がいい。わざと悩んで見せたのち承諾をすれば、じゃあ、待ってる。と、悪戯が成功したかのようなあざとい表情を見せ、「期待しててくださいね!」
と、高らかに宣言して去って行った。
思えばあの頃から柴崎は、旭による無意識の策略に嵌っていたのかもしれない。
結局旭の出演するショー練を立見したのち、柴崎がモデルとしてランウェイに登場したときの旭の間抜けっ面はかなり面白かった。
あの後に「出るなら言えよー!!」と恥ずかしげにしながら絡んできてからは、なんだか可愛いやつだなとさらにハマった。
なにより初見の男の女装が様になるなんて面白くないわけがない。
ショーの本番では柴崎は大トリを飾ったが、旭はメイクパフォーマンスとしてベースメイクのみのドレス姿で登場し、アートメイクをライブで施されていた。
顔立ちは整っているがさっぱりとしていた分、アートメイク後の旭の中性的な雰囲気は会場を大いに賑わわせていた。
最後のランウェイでは思い思いにはしゃいで会場を回った後に出口に集結し観客を見送るのだが、旭も柴崎も昼を抜いたためとにかく腹が減っていた。
その為合間を見て二人でケータリングを摘みまくっていた為、いざ歩く番だと送り出されたときには二人してサンドイッチを頬張っていた。
仕方なく決め顔でサンドイッチをナンバープレートのように見せながら二人でランウェイに登場すると、会場は笑いに包まれる。まさかあんな真面目な顔をして咀嚼ウォーキングをするとは思わなかったのだろう。主催には後からどやされたのは思い出である。
二人のパフォーマンスもあり、本番は大成功で終わっり、ショーの後の地域テレビの取材では、「柴崎さんはツナサンドで、僕はたまごです」などと斜め上を行く回答をし、女性リポーターの母性を大いにくすぐり、見事翌年の入学者の増加に貢献することとなった。
思えばあの頃から好意が芽生えていたのかと自覚した。
旭は野暮ではないので、いつから好きなんですか?などとはけして言わないだろう。
ましてや柴崎が惚れたなどとは思ってすらなさそうである。
「まぬけっつらになってますよ。」
体の芯が抜けたように、定位置のソファでだらけていたら、額に温かいコーヒーがあてられた。
想いを伝えあった後、突如として降り出した雨に見事頭を冷やさせられたのだ。最高に締まらなかったが、旭が笑っていたので良しとした。
「今初めてお前に会った時のこと思い出してた。」
「文化祭の?」
一瞬きょとんとした後に、興味をそそられたのか隣に座ってくる旭にクッションを渡す。
モロッカン柄のクッションは、旭が肌触りを気に入り弄り過ぎたため、タッセル部分が乱れたまま戻らなくなっている。
「学生時代にお前が俺のこと可哀想って言ったの覚えてるか?」
「…びっくりするくらい覚えてない…。」
「だろうな。」
なんとなく、過去に頓着しないこいつには些末な事なんだろうと思いながらも、少しさびしく感じてしまう。
淹れたてのコーヒーを舐める様に飲みながら、柴崎は勝手に語ることを決めた。
「俺は人寄せパンダか、って思ってた時に言われたんだ。」
「パンダより可愛くないですけど。」
「茶化すなよ。お前も大してかわいくない女装してただろ?」
ほんとはめちゃくちゃ様になっていたけど、とは悔しいから言ってやらないが。
何かを思い出したように、マグカップに口をつけようとしたまま固まる様子に、してやったりとにやつく。はたとして、しばらく無言を貫いた後、ようやく過去との邂逅を終えたらしい。
「お、思い出した…サンドイッチのやつ…」
「おかえり。んで、あんときなんで可哀想って思ったの。」
「今更!?そんなの5年前の俺に聞けよ!」
「無茶言うな、まぁなんとなくだから別にいいけどさ。」
「うー…えぇ?」
奇妙な声を出したかと思うと黙りこくる姿に、こいつの律義さは筋金入りだななんて思う。そこが美徳なのだが記憶が曖昧なようで、熟考が5分を越えたことを境に、もういいと言おうとした時だった。
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