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第28話
「多分、こっち向いてほしかった、のかも。」
「は?」
むんむんと唸りながらたっぷり時間を要し、まるで隠し事をばらすかのように気恥しげに旭は口を開いた。
「だってツーンってしてるから!」
「まるで反抗期かのように言う。」
「だって顔がむすっとしてたじゃん。」
せっかく顔がいいんだから、もっと笑えばいいのにって思った。そうつぶやいた声は、後ろめたかったのか、どんどん尻すぼみになっていく。
「ぶわはははははは!」
「山賊みたいに笑うなよ!!」
「だって、お前あけすけすぎだろ!」
「仕方ないだろ!!オブラート苦手なんだから!!」
気恥ずかしいのか顔を赤くしながらちびちびコーヒーを飲む様子にあどけなさを感じる、なだめる様に後ろ手に頭を撫でてやった。
下手な女に好意を持たれるよりも、ずっと心に響くのは、素直な言葉と嘘がつけない性格である。
柴崎は口端のにやつきをおさえられないまま、髪をすくように撫でた。
「柴崎さんマジ手馴れててむかつく。」
「そりゃモテましたし?」
「男もイケたなんて聞いてないっす。」
じとっ、と睨めるくらいまでには羞恥は回復したらしい。そんなこと言うならおまえこそ、と言ってやりたいところだが、柴崎は騙し討のように抱いたことを思い出し、素直な気持ちを言葉に載せた。しっかり伝わるようにと。
「理人以外は無理。」
「なんだこれ恥ずかしい!!マジ勘弁してくれ!!」
「お前うるせーからボリュームおとせ。」
「あ、はいすんません。」
律義に見えもしない隣の住人にも頭を下げる様子に思わず笑う。自身の気持ちはしっかりと伝わってくれたようでなにより。たまにはこうしてデレてやるかとは思ったが、なんだか日常になりそうな気配がプンプンしていた。
さっきから忙しないのは意識してくれているからなのかと、差し出した気持ちを受け取ってくれた年下の恋人に甘い気持ちにさせられる。そのまま撫でていた手を引き寄せぎゅうと抱きしめると、一気に腕の中の体温が上昇した。
「なんすか…」
「俺実はミドルネームあるんだわ。」
「えっ嘘つき。」
「マジだわボケ。」
思わず突っ込むとからからと楽しそうに笑った。
当たり前だ。日本で生活する上で名前が長いのは何かと面倒くさい。親につけられたまま放置しているままで、今まで付き合った人にも教える気などなかった。
そして現実的に日本の戸籍にミドルネームは登録できない。
柴崎にとってミドルネームとは合ってないようなものである。親から贈られたこの名前の意味が照れくさすぎて誰にも言えなかったのもあるが。
今このとき、大切な人に差し出せるものがあるのはいいな、と純粋な気持ちで思った。
「俺今まで誠也さんだけだと思ってました。」
「もっかい。」
「誠也さん?」
「さんなしで。」
せい…、まで続けてやっとこのやり取りを理解したのか、じわじわと赤くなってくる様子がおかしい。
そういえば名前呼びは自分が一方的で言われたことがなかったか。と、からかい半分で仕向けてみたが、なかなかどうして反応がいい。
「もっかい。」
「勘弁して…」
顔を隠し、耳まで赤らめた様子に肩を震わせ笑う。可哀想に、旭が握りしめまくったタッセルは、根本がよれよれになっていた。
ミドルネームは、これがおわってからにしよう。旭が、今はこんなに美味しそうなのだ。
マテができる大人ではないので、ここはしっかりと据え膳を美味しくいただく所存だ。
「なあ、」
「っひ…」
クッション一つじゃ隠しきれていないその様子に愛しさを感じ、細腰をわし掴み無理やり引き寄せる。
「せ、…」
「ん?」
誠也さん、という声は甘い唇によって遮られた。
ソファの上、隣り合って座っていたはずなのに、気付いたら足を割り開かれ、尻に柴崎の腰が押し付けられている。
甘い疼きは接触した布越しから広がり、呼気さえ熱交じりにする。
これから、するんだ。
あの時とはちがう、気持ちを結んだあとのセックス。
ジワリと滲んだ期待が視界をぶれさせる。濡れた眼越しに見た“誠也”さんの存在が近づき、ふにりとやらかい粘膜の接触が旭の思考をトロトロにさせる。
「んは、…」
「好き?」
ざらつく舌が甘やかすように口内を舐るたび、飲みきれなかった唾液がさらりとソファを汚す。
押しつぶされたクッションを邪魔とばかりにどけられ、空いた空間を埋める様にのしかかってくる熱い体。重さなんか感じないのは、好きな人だからなのか、などと甘ったるい思考にとらわれた。
「俺はずっとこうしたかった。」
「は、ずかしい」
耳朶を掠めるように囁かれれば、また一つ鼓動が早くなる。
この期待に震える心臓が、この人にバレなければいいと思う。
「初心いな、」
からかわれるように笑ったかと思えば、顎下を甘く噛まれ、舌で舐めあげられる。
「まじだよ」
「ぇ、あ?」
服に手を滑りこませ、薄く割れた腹を覆う様に撫で上げられれば、旭のなけなしの理性がもたなくなる。
「さっきの」
「んン…」
期待して膨らんだ尖りを甘く食まれ、はしたない音を立てながら吸い付かれる。全神経がそこに集中するように感覚が鋭利になり、関係のない背筋まで痺れた。
「お前にしか伝えない。」
「な、に」
「ダレルだよ」
「へぁ…?」
熱を含んだ光の加減で綺麗な青色にもなる瞳に優しくとらわれた。
この美しい虹彩の中に、間抜けな顔の自分な映るのはわるくないなあ。そんなことを思って、旭はようやく先程有耶無耶になってしまったミドルネームの事を言われているのだと思いついた。
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