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第29話

この人はこんな顔をするのか、と旭は目を瞬いた。 まるで、褒めてもらいたいようなそんな無邪気さを見せながら、そしてそれを取り繕うような曖昧でなんとも可愛らしい表情だった。 柴崎さん相手に、可愛いだなんて… 今まで見たことがない様子に、熱に浮かされつつも甘やかしたいという気持ちが芽生えた。 「だれる…?」 唇に響きを乗せると、ふわりとほころぶ微笑み。 表情は雄弁に語っていた。 今まで誰にも知られることの無かったその3文字を、旭にくれた。 その名前がすべてを差し出すものと同義であれば、つまり。 そこまで考えたところで、柴崎によって思考は中断された。 「意味は、自分で調べてな。」 「ぁ、や…っ」 腰を動かされ、股間同士が布越しに摩擦される刺激すら気持ちがいい。 ままならない思考の中で、旭は口を開いた。 「い、ぱいいわないで…」 「ん?」 「せい、やも…だれるも」 じわじわと色付く頬は、真っ直ぐな気持ちを受け取ったからか。とにかく旭は今、いっぱいいっぱいだった。 「うん?」 「まだ…恥ずかしい…」 「ぶは…」 なんだこの可愛い生き物は。 人が初めて家族以外に告げた秘密をあっさりと一蹴しやがった。 柴崎は腕の中の宝物の存在を確かめるようにそっと抱きしめる。 こうしていないと。自分の照れた顔を見られてしまうと危惧した為だ。 「ベット行こうな。」 「たてない…」 「よしきた。」 抱きすくめられていた旭はというと、やはりこちらも同様の反応である。腰が抜けたための小さな主張は、楽しそうな柴崎によって受け止められ、ひょいと軽く抱きあげられる。 旭の尻を持ち上げて向かい合った状態だ。小さい子が親に抱っこされるような体制に、なんだか恥ずかしくなる。 暴れようものなら確実に後ろ向きに落ちるだろう。性格がよろしくないと自分で言うとおり、旭を抱き上げる動作ひとつでも計算されている気がしてならない。 この人、絶対に確信犯だろ。 甘やかされているような気がしないでもないが、恥ずかしすぎてセックスする前からもう無理。 「…しばさきさ」 「なまえ。」 「…誠也さん。」 どうやら、もろもろとままならないのに名前呼びを強制させるつもりである。 「最中にいくらでも練習出来ますな。」 「も…むり…」 ポスンと背中に感じる滑らかな布地に追い立てられるように気恥ずかしさから顔を背ける。 25にもなって、何処女ぶってんだ。いや違う、女でもあるまいに。そんななけなしの矜持を突き抜けて、旭の中の抑え込まれた欲の部分が顔を出す。 「あ、」 首筋をたどるように撫でてくる大きな手のひらや、吐息を奪う唇に翻弄される。 部屋に響く唇を啄むかわいらしい音とは裏腹に、欲を隠そうとしない手のひらが、伺う様に腰を撫でてくるのがなんだかおもしろい。 これからお前を抱くけどいいですか? そんな具合にご機嫌をとってくる。だから旭は、擦れ合う舌の熱さに身を震わせながら、大きな手に自分の指を絡めて了承とした。 「なんだそれくそ可愛い。」 唇をわずかに離し、ぽそりと呟いたかと思えば、頭が下がり、臍をたどるように熱い舌が肌を滑る。 「っ、しば…」 ぞくりとした体に響くような刺激と、自分の体を奉仕させる背徳感に満たされる。 常識とか、倫理とかどうでもいい。 気持ち良ければそれでいい。 好きな人と貪りあう体温が 共有する甘やかなひと時が そんな幸せでお腹が満たされるなら。 「も、っと…」 「もっと?」 「可愛い、って…いえ」 「ぐは、」 そうきたか。と面白そうにぼやいたのち、旭の薄い耳朶に唇で触れ、内緒話をするかのようなトーンで囁いた。 この人の声はずるい。語尾がかすれるように、少し気だるげで色を含む。何気ない言葉一つでも聴覚を奪われる。 旭のなけなしのプライドで呟いたおねだりを、なんだそんなことかと言わんばかりに微笑む。 この人は、ずるい。 「いいこ、首に腕回せ。出来る?」 「うん、」 借りていたスウェットを、片手間に卸される。もう一方の手は、怖いことはしないよ。と緊張をほぐさせるかのように、旭の頭を支えていた。 甘ったるく、宥めるような口付けの後、下肢に纏っていた布は無くなっていた。 「や、部屋…暗くして…」 「恥ずかしいのか?」 「だって男の体ですよ?」 「ご覧のとおりなんだが?」 今更お預けを食らうつもりはないとばかりに、主張した自身を旭の内腿に押し付ける。 布越しに感じた熱さに、じわじわ追い立てられ、膝が震える。 「電気のリモコンはお前の後ろ。消したいなら自分で消せ。」 「いじわる…っ」 「だって俺は電気消さない方がいいもん。」 「もんとかいうなアラサー!」 宥めるように頬に口付けられれば絆されてしまう。こんなちょろくなかったはずなのに。旭は赤らめた顔でムッと口を引き結ぶとしぶしぶ起き上がり、柴崎をどけて手を伸ばす。 何を企んでいるのかは知らないが、にやにやと素直に横に寝転ぶ姿を一瞥し、旭は事後に文句の一つでも言ってやろうかと逡巡した時だった。

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