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第30話

「ぎょわっ」 「何それウケる。」  迂闊だった。おとなしく道を譲ることは、即ち柴崎にとって好都合だったからだ。 奇声と共にべちゃりと潰れた旭が何故と振り返れば、視線の先に左足を掴みあげ、旭の太腿に挟まれるようにして見げてくるご機嫌な姿があった。 そりゃそうだ、柴崎が取るように促した照明のリモコンは、丁度柴崎の頭の先にあるベッドの棚部分に置いてあったのだ。旭はなんの疑いもなく跨るように手を伸ばした事が運の尽きであった。 「絶景絶景。」 「ひぎゃ!!嫌だこの体制!!」 「早く電気消さないと、旭の恥ずかしいとこ丸見えになってるぞ?」 「あんたがそうしてんだろうが!!」 リモコンには絶妙な距離感で一歩届かず、柴崎につかまれた内腿を意識するとふるりと甘く痺れてしまう。 旭がぶすくれながらも手を伸ばそうと腕に力を入れたときだった。 ぐい、とその手を掴まれ鮮やかに体制を入れ替わる。先程とは真逆の、柴崎が旭の胸元に跨る形だ。 「なぁ、」 「は?っ…」 不意に右頬のあたりに熱源を感じ、滑らかなそれがぴたりと旭の右頬に寄り添った。 視界にとらえた柴崎の雄芯に、その確かな存在感に目線が捕らわれる。 旭のよりも二回りほど大きい。あのときは、まじまじと見なかったものが、目の前で堂々と鎮座していた。 「理人、くわえて。」 「ぅ、は」 唇が震えて声がかすれる。自分にも同じものがついていて、普通なら口にするのも嫌なもの。 柴崎の熱いそれは、まるでリップでも塗るかのように唇をなぞってくる。熱い、だが瑞々しいそれ。 かぽ、半開きの旭の唇を優しく割って、確かな質量がぬるりと口の中に入り、やがて熱い舌を押し上げるかのようにじわじわと咥内深くまで侵入してきた。 無意識に、旭は口内に招き入れていたのだ。 「驚いた。嫌がるかと思ったのに。」 「んむ…、」 これからこれが旭の中を気持ちくしてくれるのだ。そんな身に刻まれた記憶が旭を無意識に動かしていた。柴崎に茶化されるまで、自分から頬張った事すら自覚がなかったので、指摘されるのがなんだかものすごく恥ずかしい。 「ン…は、」 「ふ」 んく、と、時折僅かな口の隙間からはしたない音がたつ。意識しなくとも同じ性別だ。どこをどうすれば気持ちがいいのか、最初から分かっている。 上顎を擦りあげられた際、なんの取り留めもなく思い出した。 初めてを奪われる前、かちりと前歯にあたった柴崎の手ずから差し向けられた缶チューハイ。思えばあの時無意識に感じた僅かな痺れは予兆だったのかもしれない。 口の中いっぱいに満たされた質量が旭の思考をぶれさせる。 これがいい、これでいい。 旭はまるでそれを御馳走の様にうっとりとした目でぺしょぺしょと子猫のように舐める。と思えば奥深くくわえ込み、自ら上顎に擦り付けるようにしながら飲み込むような動きをする。 「ン、ぶっ飛んでんなぁ…。」  「ぉ、あ…っ」 がぽっ、と下品な音にかわるくらいには夢中になっていたらしい。 「口の周りべたべた。かわいい」 「はー…や、まだ…ぁ」 でろりとした唾液と共に取り上げられた雄芯を追いかける様に唇を寄せようとしたのに、寸前で止められた。 口の周りを甘く痺れさせ、唾液が止まらない。 飲みきれなかったそれが撫でる様に首筋から伝い落ちていく。 「初フェラとは思えぬような積極的なお前にちょっとびっくり。」 「これ、口ん中痺れてきもちぃ…」 口から離されれば口寂しさが残る。もう一度あの熱源を感じたい。旭は無意識のうちに膝をすり合わせてきた。 「ンん…、なんだこれくっそ興奮する…。」 「これ、これほしい…もっと擦って、」 「まじで頭ゆるふわ系になってるわ。」 はは、と空笑交じりに頬を撫でてやればちゅぷちゅぷと指先に吸い付いてくる。なんだか真っ白な布を思い切り汚してしまうような背徳感に言いようの無い支配感が兆した。 子猫が甘えて指しゃぶりをするように、安心した顔で吸い付いては、何かを求めるような瞳で見つめられる。 ぴりり、と甘い電流は指先を伝って柴崎の弱いところに響く。 「っ、」 濡れた眼差しで見上げられる。一度開いた体はとても素直にあの時の刺激を覚えていたようだ。熱い吐息を漏らす唇が艶めかしい。 いじわる、ほしい。 そう目線で訴えかけられるのが、何とも心地いい。この美味しそうな恋人は、いとも簡単に煽ってくる。ゴクリと生唾を飲み込むと、その頬を包む手を後頭部に回し引き寄せる。 果実のように色付いたその唇に吸い付くと、柴崎の深い部分で眠っていた加虐心が僅かに顔を見せる。 下唇を甘く喰み、歯列を擽るように舐めてやれば、ふるりと震える正直な体。 お返しと言わんばかりに、下手くそでたどたどしい薄い舌がぺろぺろと毛づくろいをするように唇を舐める。 可愛いけど、これでは生殺しだ。 柴崎は、拙いご奉仕を褒めるかのように顎下をゆるく撫でた。

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