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心乱される存在***2
ファリスは、他者であれ、たとえそれが自我を奪い狂わすほどの強力なヒートであっても、操作されるのが大嫌いだった。
いつだって自分の意思こそすべてだと彼は理解していたからである。それなのに、ファリスはオメガのフェロモンに自我を奪われそうになった。マライカを抱いたのには変わりないが、それでも彼を傷つけるような行為までに及ばなかったのは何よりだ。
神経のすべてが麻痺し、まるで脳が働かない。あるのは子孫を作るという、種を宿すための動物的本能のみ。
しかしその強い欲望に打ち勝てたのは、ひとえに彼の涙を見たからだ。はしばみ色の目が悲しみに変化し、一筋の涙が流れた時――ファリスの中に芽生えた感情。
それは今夜に限ったことではない。
マライカと再会し、無理に組み敷いたあの時ですら、ファリスはたしかに彼を守りたいと強く思った。
彼女以上に、大切にしたい。守りたいという本能。マライカにはファリスの母性を引き出す力があるというのか。
しかし、彼女の時とは感情が少し違うように思える。これはいったい何だというのか。
たしかなことは、この感情が単なる好奇心からではないということだ。
ファリスには8つ年の離れた妹がいた。生きていればマライカと同じ年齢だっただろう。性別こそ違うが、どこかマライカは妹と似ている。守ってやりたいと思った彼女は、しかしそれも叶わないまま天国へ旅立った。
あの男が――ダールがすべてを狂わせたのだ。
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