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心乱される存在***3

 今思い出すだけでも腸が煮えくりかえるほどの怒りが込み上げてくる。  だからこそ、あの男が目をつけたマライカを攫ったのだ。すべてはダールに復讐するために――。  それなのに、いったいどうしたことか。  日に日に彼を手放したくない、ダールに渡したくないという思いは強くなっている。自分でもよく判らないこの感情は、マライカを抱けば抱いた分、大きくなってきているような気がする。  外はまだ静かだ。  誰も起きている様子はない。  ファリスは思考を巡らせていると、腕の中からしゃくりを漏らして泣いている声が聞こえてはっとした。  視線を落とせば、悪夢を見ているのだろう苦しそうな表情で涙している彼がいた。 (――ああ、まただ)  マライカの悲しむ顔を見ると、胸が引き裂かれんばかりの痛みに襲われる。これ以上、彼を苦しませてはならないという感情がファリスの心を揺さぶる。  ファリスは涙するマライカを慰めるため、額に口づけた。 「シーッ、大丈夫だ」  ファリスが囁いた声は自分が思っていた以上に甘い。  てっきり悪夢にうなされているものと思っていたが、ファリスの呼びかけによってマライカの両瞼が反応した。そっと開いていく瞼から現れたのは、ファリスを魅了して止まない、はしばみ色の目だ。  まだ夢の中にいるのか、焦点は合っていない。しかし、身体は震えている。それと相俟って彼の下肢の間にはふたたび芽吹いた欲望があった。 「君は美しい。美しい(ジャマル)マライカ」

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