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心乱される存在***4

 ファリスは両の瞼に唇を落とした。昨夜のピーク時のヒート状態とまではいかなくとも、マライカが今、どういう状況であるのか、そして彼が何に苦しんでいるのかを理解していた。 「ジャマル、マライカ」  もう一度。腕の中にいる彼をあやすように、そっと囁きかける。  おそらく、マライカは自分が孕むまで誰も彼もを誘惑する醜悪なオメガというものを身に染みて感じ取っているに違いない。恐ろしいほどの自己嫌厭(じこけんえん)。それが彼を苦しめているに他ならない。  しかしそれはオメガの生理的な現象のひとつ。世間はそれを毛嫌いするが、果たして他人を魅了することが本当に罪なのだろうか。  動物なら当たり前である、子を産み、育むことがいったいどれほどの罪だというのか。子孫がいなくなれば人の存在そのものが消えてしまう。それがどれほど恐ろしいことなのかを、彼らは理解しようとしないのだ。  愚かなのはオメガを醜悪だと罵っている者であって、けっしてオメガではない。  だから自分を嫌う必要も憎む必要もない。ファリスは、まるで恋人同士のようなやり取りだと思いながらも、彼を宥め、そしてマライカへ心身の美しさを称えた。  すると、ファリスの気持ちが通じたのか、マライカの固く引き結ばれた唇が解けた。唾液で濡れた赤い唇が孤を描いたのを見た時、ファリスはほんの一瞬時が止まったかのような錯覚をおぼえた。マライカの表情はあまりにも可憐で美しかった。ファリス自身、これでいいかとさえ思ってしまうほどに……。

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