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ファリスという男***20
彼はマライカといても感情を乱すことはない。
それがどういうことかはよく判る。
つまりは、マライカにヒートという甘い誘惑するフェロモンに充てられているだけで、彼自身はマライカを何とも思っていないということだ。
ファリスに恋をしているのは自分だけ。
口づけも、ただフェロモンに流されてしたことにすぎないのだ。
恋心を今さら知ってどうなるというのだろう。
彼はもう二度と自分を抱かないつもりだというのに――。
マライカは、ファリスが今何を考えているのかを知りたいと思った。
けれども彼はハイサムの頭で自分は人質にしかすぎない。だからマライカは、話の内容を変えることにした。
「ファリス。お願い、ぼくはどうなっても構わない。捕虜のまま囚われてもいい。人買いに売られても構わない。だけどひと目。ほんの少しの時間でいいから、両親の顔を見たいんだ」
もし、ターヘルが話したファリスの過去が真実であるならば、ダールは恐ろしく悪辣な人間だ。自分がハイサムに囚われ、思い通りに事が運んでいないことに腹を立て、逆上して両親をどうにかしてしまうかもしれない。
2人が無事ならそれでいい。親の安否をどうしても確かめたい。
その後は何だってする。
「だから!」
「それはできない」
マライカの必死の懇願も、けれどもファリスは首を縦に振らなかった。
「お願い、ファリス!」
尚も食い下がるマライカだが、彼は無言のまま腰を上げるだけだった。
「お願いです。約束する。絶対にハイサムから逃げようとはしないから! だからどうか!」
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