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変容***1
Ⅹ
閉ざした部屋の中から泣き声が漏れる。
泣き声は、この世の絶望かとも思えるほど聞いている者の胸を締めつける。
閉じたドアを背に、ファリスは両脇に下ろしている拳を握り締めた。
己の不甲斐なさを思い知ったのはこれで何度目だろう。
太古の昔から、勝者で在り続けるアルファは最も神に近い存在だと云われ続けているが、実際のところはどうだろう。ファリスにとって大切な存在は誰ひとりとして救えた例しがない。
9年前に起きた疫病は、けっして政府が意図したものではなかった。しかし、流行病を見て見ぬ振りをして無かったことにした。それどころか、病に罹った者は牢に閉じ込め、囚人同様の扱いをした。
元々は母親も身体が弱く、けっして健康的ではなかったから、ファリスはどうしても病に患い苦しむ彼らを他人事のようには考えられなかった。
その時は、自分の力を過信しすぎていたのだ。心のどこかでは、自分は不幸にはならないという自信があったのだろう。僅か23歳という若さで王の右腕として出世した自分は、他者にない力を持っていると――まさに自分こそが神に愛されたアルファであると思い込んでいた。
しかし実際はどうだろう。妹はダールに無理矢理嫁がされた挙げ句の自害。母親も後を追うようにあの世へ旅立った。
大切な人のことごとくを失った。
――この泣き声の主だってそうだ。彼は今、明らかに助けを求めているにも関わらず、自分は手を差し伸べるどころか退けた。
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