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変容***3
青年はファリスの目と鼻の先まで駆けてくると立ち止まり、緊急を要するのか、前屈みになって肩で息を繰り返していた。
彼はハイサムの連絡係で、ムジーブとこちら側の連携を取る役目になっている。
その彼が額に汗を浮かべ、浅い呼吸を繰り返す様子は尋常ではない。
嫌な予感がする……。
「何事だ」
ファリスは背筋に緊張を走らせた。
「つい先刻、ダールが動きました!」
案の定、ダールについての連絡だ。その場の空気が緊張で一気に高まる。
「奴は妻を誘拐されたと警察に話したか?」
ファリスが訊ねると、
「いいえ。ダールがこちらに向かってきております」
青年は額に浮かべた汗を手の甲で拭いながら、浅い呼吸を繰り返しながら答えた。
やはりダールには後ろめたい何かがあるということだろう。
ファリスは目を細めた。マライカもまた、妹に起きた身の上のような不幸な出来事が降りかかっている可能性があることを確信した。
「向かって来ているのは警察や兵士らしき姿はなく、人相の悪いごろつきばかりで、数は30ほどとの知らせが入っております」
ダールのことだ。賞金稼ぎでも雇ったに違いない。もし、彼が先頭を切ってこちらへ向かっているのなら、妹の仇を討つ願ってもみない好機。こちらとしても都合が良い。
しかし――。
いったいどうしたのだろうか。妙な胸騒ぎがしてならない。
「それで、人質の両親はどうなっている?」
「引き続きムジーブ様が見張っております。特に変わった様子はないとのことです」
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