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明けない夜***2
そこでマライカは、失った記憶の一部を取り戻した。
自分がいるここは、ダールの屋敷でもなんでもない。
メルダ湾の地域からアルシャ湾に向かう途中の道すがら、スーリー砂漠で突然この男の配下たちに襲われ、連れて来られた。
ここは、シェラザート山脈麓にある古代アウヤール人が造った要塞だ。
気が動転しているマライカを冷ややかに見下ろすこの男こそがダホマの酒場で知り合った初恋の人であり、大盗賊の頭 のファリス。
そして、この男は厭がるマライカを無理矢理組み敷いた相手。
もしかすると父親の積み荷を奪った盗賊かもしれない残忍な犯罪者。
(……ああ、なんということだろう)
こうして対峙しているだけでもこの男に組み敷かれた屈辱がまざまざと記憶に浮かんでくる。
ファリスは無防備なマライカの全身を見下ろしている。マライカを所有物だとでも思い込んでいるのだろうか。
(冗談じゃない!)
この男に組み敷かれはしたが、心まで許したつもりはない。たとえ、ほんの少しの間でも初恋の相手だったとしても、だ。
「よくもっ! 殺してやる!」
マライカの身体を強引に割り開き、慣らされてもいない蜜口に楔を打ち付けられたあの時の屈辱が蘇る。羞恥と怒りで身体が燃えるように熱くなっている。胸には憎悪の念が渦を巻いていた。
今のマライカは憎しみの感情に支配されている。目の前の男を手にかけることしか頭になかった。だからファリスの腰に下げられているジャンビーアを見たマライカはファリスの腰から引き抜き、鋭い切っ先を彼の太い喉元に突きつけた。
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