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ファリスという男***6

 そんな感染患者に対して前王がとった行動は救済ではない。処刑だった。  病を患った人々は地下牢に閉じ込められ、治療されぬまま死を待つばかりだったそうだ。  たとえ生きている人間を守るためとはいえ、感染者を見捨てるなんて王にあるまじき行為だ。同じ血が通った人間だとは思えない悪魔のような仕打ちはあまりにも残酷で、あまりにも無慈悲だ。  当時のことはよく判らないが、想像しただけでも吐き気がする。  自分たちのためなら犠牲もやむを得ない。人間の本質はあんなに邪悪なものなのかと嫌悪する。  マライカは込み上げてくる怒りに、いつの間にかシーツを強く掴んで拳を握り締めていた。 「ぼくの母はもともと身体が弱かったそうです。死の病に(かか)って――亡くなりました。そして、ばばさまも感染者のひとりでした」  過去のことを思い出したのか、少しずつ大きく輝いていた目はやがて悲しみに染まっていく……。 「王は――感染してしまったばばさまたちを見捨てることにしたんです」 「感染者を牢に閉じ込めたんだね?」 「はい。ばばさまたちも高熱続きで、どのみち助からないのならと、生きる気力を失い、諦めていたそうです」 「ターヘルのお父さんは今もご健在なの?」  マライカが訊ねると、ターヘルは小さく頭を振った。 「父は商人の出でしたが、勇敢な人だったとばばさまから聞いてます。王の決断は間違っていると進言し、牢に入れられて、そのまま帰らぬ人になりました」

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