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拘束・絶望と死の狭間で。***2

(父さん、母さん……)  頭上からは硝子に阻まれた、くぐもった声が聞こえる。  微だが確かに聞こえる声の方へと少し視線を上げれば、両親は半階ほど上のの個室にいて、髪を振り乱し、自分と息子を阻む硝子を力いっぱい叩いて泣き叫んでいた。それと下卑た笑みを浮かべたダールとヴァイダ――彼らもいた。 「とうさん、かあさん……」  マライカは口を開いたが、悲鳴を上げすぎた喉はひりつき、声は掠れて殆ど出ない。  両親は常に優しい面持ちをしていた。積み荷を奪われた時だって、あんなに焦る姿は目にしたことはない。  マライカはこれほどまで自分を想ってくれる両親の愛を今以上に強く感じたことはなかった。彼らのこれからのことを考えると、マライカの胸が苦しくなった。 (父さん、母さん。親不孝者でごめんなさい――)  今日で今生の別れになるかもしれないと、両親をこの目に焼きつけるため見ていると、ずっと近くから錆びた鉄の擦れる音が聞こえた。視線を落とせば、目と鼻の先にある鉄格子がゆっくり上がっていくが見えた。  中から出てきたのはやはり狼だった。それも大の大人ほどの大きさの狼だ。  狼は興奮状態に陥っているのか目は血走り、大きく開いた口からは鋭い牙が覗き、唾液が滴り落ちている。  マライカを目で捕らえるなり、呻り声を上げてゆっくりと左右に移動しながらこちらの様子を窺っている。射程距離までやって来ると前屈みになった。  本能が逃げろと告げている。怠い身体を動かすものの、鎖は頑丈に固定され、走ることはできない。  ほんの少し手を動かすだけでも息が切れる。体内に巡る血液はドクドクと脈打ち、恐ろしい速さで循環しているのが判った。

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