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もう二度と。***1

 ⅩⅨ  空の奥に広がる青は悠久に広がっている。遙か遠くの地の果ては朱に染まっていく。  やがて赤々と燃えるような夕陽が大地に溶け込み、深い藍へと変わる頃。仕事を終えた人々は帰路につく者もいれば、アルコールを求め、酒場にやって来る者もいる。けれども酒場はマライカが住む自然豊かなメルダ湾に面した地域には指折り数えるくらいにしか存在しない。そのため、ダホマの酒場は人々にとっての数少ない憩いの場のひとつであった。  木のジョッキを傾け、談笑をする者。日頃の鬱憤を晴らすために酔って声を荒げる者や泣き崩れる者――そして夜が深まればその分、人々はアルコールに浸り、世間体を忘れ、暴れる者もいた。  そんなダホマの酒場はマライカにとって、けっして良い記憶ばかりがある場所ではない。しかしそれでも――ここはファリスと初めて出会った思い入れのある場所だった。医師から妊娠していると知らされて5日という月日が経つ。  失恋した胸の痛みはまだある。愛した人と離れ離れになって、悲しい気持ちはあるものの、彼はもう自分の元には戻らない。それに、自分には子供ができた。いつまでもくよくよしている暇はないのだ。もう十分に泣いた。これからはお腹に宿った命を養うため、生きるための手段を考えねばならないのだ。  そういった理由もあって、マライカはダホマの酒場で働きはじめる決意をした。  ここで働きたいと両親に話をした時はふたり共揃って顔を曇らせたが、21時までに帰宅するという約束で許してもらえた。

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