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香西を見送ったロイヤルスイートの真下、デラックスルームのベッドに横たわって、大神はいまもあの日のことを思い出している。スコレーは所員に対して徹底的な心理・行動テストを行う。入所したとき、大神にはバイセクシャルの傾向があるという判定が出たが、本人にとっては意外な結果だった。それまでとくに同性に惹かれた自覚はなかったからだ。
今ごろ香西は階上の部屋で眠っているだろう。偽装のドレスを脱ぎ捨て、メイクを落とし、素顔を晒してベッドに横たわる。その様子をありありと脳裏に描いたあげく、大神はハッと気を引き締める。
――大神伶史。おまえはいったい何を想像している?
いつのまにか朝になっていた。あの日のユニットバスの倍は広く、整えられたバスルームで鏡をみつめながら、大神はまだ考えている。
相棒 はつまるところ、任務を実行する上の関係にすぎない。
大神はただ、確認したかった。それ以上の何者でもないが、それ以下でもありえない。バディとして相手を信頼することは、任務の実行上、ときに生命にもかかわるからだ。
だからこそ、あの日の行為を曖昧に、なかったことのようにふるまうのが嫌だった。
大神はスマートフォンを取り上げてタップする。
「話しあいたいことがある。この前の件だ。これからそっちへ行く。入れてくれ」
十五分後、大神は昨夜令嬢を送ったロイヤルスイートの前に立っている。ブザーを押すと扉がひらき、細い隙間に香西の眸がのぞいた。スイートの前室に足を踏み入れたとき、大神はふりむいた相手の耳の下にうすく、桃色のしみがあるのを目撃する。昨夜別れた時にはなかったと断言できる、淡い鬱血のあとだ。
「大神?」
急に立ち止まった大神を香西が怪訝な表情でみつめた。シャワーを浴びたばかりらしく、髪はまだ濡色をしている。いつもの香西とどこかちがう。
――昨夜ここに、誰が来た?
問いただしたい衝動をこらえて大神が香西に向きなおった、その時だった。けたたましい音が響き渡った。ポケットのスマートフォンが本部の緊急コールを告げている。香西はロイヤルスイートの奥へ駆け込み、自分の電話をとっていた。本部の要請をふたりは同時に理解する。ターゲットが予想外の動きを示したのだ。昨夜の作戦は次の局面に入ろうとしている。
「大神、話があると――」
慌ただしく廊下を歩きながら香西が問いかける。大神は肩をすくめた。
「そのうちな」
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