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そしてあの日のことは曖昧なまま、今夜も大神は相棒 と共にカーボンニュートラル詐欺がスクープされた巨大企業のオフィスにいる。環境保護界隈には昔から海上汚染でやり玉にあげられていた企業だが、ここ数年は広告効果もあってか、世間には逆に環境保護に積極的だとみられていた。
「連中には年末年始休みという発想はないのか。クリスマス休戦はあっただろう」
大神がぼやくと香西は「休みで誰もいないからじゃないのか」と冷静に返した。もっともだ。
はた目には呑気な会話にきこえたかもしれないが、実際の状況は緊迫している。〈スコレー〉は先月、あるルートからこの企業トップに警告を発し、要人警護の体制を強化するよう提言したのだが、受け入れられなかった。森や海を守るためにテロを試みるという極端な手段をとる人間がいるなど、彼らには想像できないのだ。
「会長は休暇に入ったばかりだったな」
ペンライトで手元を照らしながら、すでにわかっていることを大神は口にする。会長と連絡がとれなくなったのは昨夜遅く、動画付きのメールで脅迫がきたのは三時間前。彼らの目的は金ではないから、警察に通報したら殺すというメッセージは本気のものだ。警告の際、実際に何人死んでいるか〈スコレー〉は教えたが、この企業は本気にしなかった。いざ現実になってから慌て、警察に相談する前に連絡してきた。
このテロ組織には特徴的な手口がある。拉致した企業要人を、その企業が関わった環境破壊のシンボルとなる場所に晒すのだ。〈スコレー〉はあたりをつけて数カ所に人を送ったが、今のところ空振りだった。大神と香西は例によって裏方要員だ。テロに遭遇した企業が手の内をすべて晒すことはまずないから〈スコレー〉は勝手に情報を集める。つまり二人がこのオフィスにいるのは、許可を得たからではない。
テロをする側もされる側も、どっちもどっちだと大神は思う。される方は嘘つきだし、テロリストは狂信者だ。
「いつか到来する破滅の、最大の問題は何だと思う」
デスクの横に膝をついた香西が引き出しの鍵を弄りながらいう。
「破滅そのものじゃなくて?」
大神はデスクの上に鎮座するパソコンを起動する。香西は引き出しを解錠し、中身をペンライトで照らしている。
「それがいつか、ということさ。半年先に地球環境が崩壊し、人類が死滅するなら運命を待つしかない。それが三年先なら間にあうかもしれない。十年先なら……想像の範囲かもしれない。だが、十年から五十年のあいだのいつかだったら? 破滅が来たとしても誰かがどうにかしてくれる。たいていはそう考える。だから……」
「すぐそこにある恐怖の出番というわけだ。典型的なテロリストの論理だ」
大神の答えに香西は肩をすくめる。「GETOは中間にいるんだ。|俺たち《スコレ―》も。あったぞ。パスワード管理ツールだ」
「まったく、セキュリティってのは……」
「俺たちがいうセリフじゃないな」
大神はシステムにログインする。画面が一度青く瞬き、黒に戻った。中央で四ケタの数字が点滅をはじめる。――まさか。
「香西、やられた! こいつはブービートラップだ」
表示されたカウントダウンは十五分。
「爆発物?」
「だろう。二段構えの攻撃だ」
爆弾の本体を探している時間はない。会長が拉致されたと知って、警察や社内の誰かが会長室のパソコンを起動すれば、このビルのどこかが吹っ飛ぶ、というわけだ。
二人はもう走り出している。エレベーターを動かせばビルのセキュリティは気づくかもしれない。警備員は退避できるだろうか。エレベーター横のインターホンが目に入る。香西が警察に匿名通報をいれるあいだに、大神はインターホンを取った相手に怒鳴る。
「爆弾が仕掛けられているぞ! 逃げろ!」
ふたりが乗ったエレベーターはなぜか地上五階で止まり、扉をあける。無言のまま非常灯を頼りに避難階段をめざすが、暗い視界のなかでも香西の足音は聞こえている。階段を駆け下りながら、どうしても何分経ったか考えてしまう。いつ来るか。もう来るか。壁が揺れるのがわかった。非常口は見えていた。
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