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第4話

 馬鹿な舎弟がとち狂って勝手に取った行動だったが、それを予測できず御しきれなかった責任は免れない。そう思い、組の人間にも秘密で参列した葬儀だった。加害者が笹山組の構成員だと公にされていなかったため、素性を明かすわけにも行かず、匿名の知人として相当額の香典を置いてきたが、当然そんなことで片が付いたとは思っていなかった。  多くの人間に愛されていた牧師の男は神に召され、安らかな顔で永遠の眠りについていた。だが彼の身内であろう青年は、かけがえのない家族の理不尽な死に対する怒りも、痛みも、悲しみも、その陶器の人形めいたポーカーフェイスに押し込め、まったく表に出していなかったのだ。  気になった。どうしても引っかかった。  彼がもし激しく悲嘆にくれていたなら、罪の意識は深まっただろうが、ある意味これほど後味の悪い思いはしなかっただろう。  自由になっていいか、と空白の瞳でつぶやいた、青年の透き通るほど白く整った顔は、獄に繋がれているときでも時折脳裏に蘇っては、黒河の胸を揺さぶっていたのだ。  あれから3年半、彼は望む自由を手に入れたのだろうか。虚無と諦めに満ちた表情に、感情は戻ったのだろうか。  ――もう一度、会ってみたい。  それが出所して初めて、黒河が自分の意思で望んだことだった。明確な根拠はないが、彼の心から笑っている顔を見られたら、黒河の中でもけじめがつき、行き先を見失った闇のトンネルから抜け出せそうな気がしたのだ。  知り合いの興信所に被害者・藤代実の遺族の現在の状況を調べさせた。  妻は10年前すでに病死しており、一人息子は数年前に家を出て、実家から在来線で3時間かかる小さな町で自活しているらしかった。報告書に添付された隠し撮り写真を見た瞬間、それが紛れもなくあのときの青年だとすぐにわかった。  昼は電化製品の部品工場で働きながら夜学の神学校に通い、近くの教会で奉仕しているというその報告に、黒河は首を傾げた。  なぜ、わざわざ実家を出る必要があったのか。  高峰ハレルヤ教会は、信者100人以上を抱える地域でも大きな教会だ。実亡き後は、教団から新しい牧師が赴任していた。  息子も牧師を目指しているなら、親の教会で奉仕を続け将来そこを継げばいいではないか。それとも井の中の蛙にならぬよう、一度は外に修行に出すのが習いなのか。  宗教家の世界など、あまりにも自分の立ち位置と離れすぎていて、黒河には想像もつかなかった。  ただ、そんな事情はこの際どうでもいい。黒河が知りたいことは、一つだけだった。  ――彼が今どうしているのか。  ――望む自由を手に入れ、笑っているのか。  それさえ見届ければ、ずっと抱えてきた胸のつかえも取れるだろう、そう思った。そしてもし彼が今笑えていないのなら、笑えるまで見届ける。それは黒河にとって単に贖罪というだけではなく、すべてを失った無為の日々を埋める、退屈しのぎにもなるはずだった。  本当は退屈しのぎという軽い言葉では片付けられない、もっと複雑な思いが黒河の胸の奥には渦巻いていた。すべてに対し投げやりになっている自分の虚無感を、黒河はおそらく青年の空白の瞳に重ねていたのだ。  そしてそれは、すべてに興味を失くしたはずの黒河が、初めて抱いた執着でもあった。  過去、ほんのひととき向き合っただけ。まともに言葉すら交わさなかった青年のことを、なぜこれほどまでに忘れられなかったのか。  考えようとするたびに、自己防衛本能が思考をストップさせた。いつ失ってもいいよう守るべきものを持たずに生きてきた黒河にとって、誰かに過剰な関心を抱くことは常に禁忌だったからだ。

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