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第19話

†††  真冬の夜は長い。冷たく深い闇の中、街灯の淡い光が校門を浮かび上がらせる。  黒河は腕時計を覗く。学校が終わる時間まで、あと20分あった。  そうして路上で恵が出て来るのを待ち、アパートまで送り届け、帰るふりをしてそのまま夜通し見張りをするのが、このところの黒河の日課となっていた。日中恵が工場や教会にいる間は、さすがに中野も手を出してはこないだろうから、睡眠はその時間に取ればよかった。  あの夜、アパートで覗かせた弱さをその後わずかにも見せず、彼はいつもの大人びて冷静な藤代恵に戻ってしまっていた。怯えの色など欠片も感じさせず毅然とした姿は、厄介事などまったく何もなかったかのようだ。  確かにその後、恵の周辺に中野が出没することもなくなった。だが、執拗なストーカーがそう簡単に諦めてくれるとも思えない。黒河は恵が一人になるときは、常にその身辺に目を光らせていた。 『お守りにする』と言って、黒河の番号の入った携帯をそっと抱き締めた恵。だがせっかく手に入れたそのお守りを、使うつもりはないのだろう。彼からの電話もメールも、黒河の携帯に届くことは一切なかった。  そのくせ校門が一望できる向かい側の道路に黒河が待っていると、ホッと安堵の表情を見せ駆け寄って来る。  一人が不安なのなら素直に頼ればいい。しかし、彼はそうしない。  自分のマンションへ強引に連れ帰ってしまおうかと、何度も思った。そうすれば黒河も、あのオンボロアパートの前で夜明かししなくてもよくなるのだ。  だが、一方で怖かった。連れ去って囲い込んでしまったら、かろうじて抑えつけている気持ちが溢れ出てしまうかもしれない。  自分でも計りきれていない彼に対する執着めいた感情が、もはや完全に償いではないことを黒河は自覚している。こうして見守るのも、恵に何かあったら父親の実に申し訳が立たないからではない。そんなことは言い訳に過ぎない。  ただ、黒河自身がそうしたい、それが本音だ。恵が隠しているもろい部分、儚く崩れそうな繊細な心を守りたいのだ。  そして、気付かされる。今のこの生活を、自分が驚くほど積極的に受け入れていることに。  すべてを失い虚無に満ちていたはずの自分に、今さら守りたいものがみつかるとは思ってもみなかった。そして、守りたいものがある人間は弱くなる。そう簡単に、己を捨てられなくなるからだ。

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