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第21話

「待て!」  頼りない肩がビクリと震え、足が止まる。  学校の裏手にある河川敷だ。近くにある大きな廃倉庫が不気味な佇まいを見せているこのあたりは、昼間からほとんど人気のない場所だ。  3メートルの距離を置いて、止まった相手の後ろに立つ。恵は振り向かない。 「どこから聞いてた」 「ごめんなさい……」  謝った恵の声は微かに震えていた。 「授業が、少し早く終わって、それで……」 「どこから聞いてたんだ」  繰り返す。怯えさせないように、静かな口調で。  全部、と小さな声が答えた。  黒河は深く嘆息した。聞かれてはまずい話をあんなオープンな場所で、やたらと目立つ男としてしまっていたことを、後悔してももう遅い。  こんな形で知られたくはなかった。もっと早く、自分の口からきちんと話しておくべきだったのだ。 「おまえの親父さんを撃ったのは、俺の組にいた男だ」  黒河の一言に、立ち尽くした背中は反応しない。それでもきっと、聞いてくれてはいるはずだ。 「そいつは俺や組長に断りなく勝手に暴走して、対立していた副会長の命を狙った。そこに居合わせたのが、おまえの親父さんだ。ヤクザの抗争に巻き込まれた親父さんを、運が悪かったの一言で片付けるつもりはない。死なせたのは俺達だ」  恵は動かない。  どんな顔をしているのか、前に回って見る勇気が今の黒河にはない。ただこれ以上ごまかさないことだけが、自分が今彼に対して示せる唯一の誠意だった。 「親父さんの葬式に参列した後、俺は抗争の責任を取らされて刑務所に入った。おまえのところに来るのが遅れたのは、そのためだ」 「どうして……」  か細い声が届く。 「撃った人はその場で自殺したと聞きました。どうして、黒河さんが刑務所に入る必要があったんですか?」 「敵方の副会長を殺ったんだ。穏便に事を収めるためには、それなりの『貢ぎ物』が必要だった。組長はそれに俺を選んだ。右腕の俺を『封印』することで詫びを入れ、抗争の後始末をしようとしたんだ」  直接恵とは関係のない話だ。そんなことまであえて話す必要はないはずだった。実際、他人に打ち明けたのは初めてだ。  だが、隠しておきたくなかった。唯一の肉親を失った恵と同様に、黒河もまたあの事件ですべてを失ったことを、彼にも知ってもらいたかった。  もちろん、それだから許されるなどとは当然思ってはいない。 「だが俺のいない間に抗争は激化して、組は潰された。相手方も他の組に潰されて、今はもう誰も残っていない。おまえに援助をしたいというのは、俺の勝手な希望だ。組とは何の関係もない」  沈黙が降りた。凍り付きそうな寒さが身に沁みる、深い沈黙だった。 「俺の秘密はこれで打ち止めだ。聞きたいことがあれば、なんでも聞け」  どんな罵倒でも非難でも、甘んじて受けるつもりだった。いつもの謎めいた仮面の微笑で『許す』と言われるよりも、むしろ泣き喚いて責めてもらいたい。  背を向けていた相手が、体ごとおもむろに振り向く。人形めいた無表情が黒河をまっすぐ見上げてくる。

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