李仁と湊音は通夜を終えマンションに戻る。玄関でもらった塩を互いに肩にかけて部屋に入る。 「お風呂沸かしてくるから」 「ありがとう」 　李仁はソファーに倒れこんだ。湊音はお風呂の給湯器のスイッチを押してお湯を入れた。 　昼前に訃報を聞いたのであろう、食器も洗ってたのも洗濯物干しも、食べるはずだった昼の準備も途中であるのに湊音は気づいた。 　それを一つずつ片付けながら湊音はふと思った。 　シゲさんは李仁の元恋人だ。元恋人だが今まで有効な関係は保っていたものの、元恋人は元恋人に変わりはない。 「……シゲさんは元恋人だけど彼が死んだだけであんなにショック受けるなら……もし僕が死んだら……」 　湊音は食器を洗う。 「僕も……李仁が死んだら……」 　水を出しっぱなしにして考え込む。 「もう、ミナくん。1人きりにさせないで……」 　李仁がいつのまにか台所にいて水を止めた。 「なるべく1人にならないように、今夜は近くないようね」 「……李仁……」 　湊音は李仁に抱きつく。李仁がずっと悲しんでいたから自分の悲しみを押し殺していた湊音。2人きりになって込み上げてきたらしい。 「ミナくん」 「李仁っ」 　2人はキスをして抱きしめあった。 　風呂に入るときも2人は寄り添い何度もキスをした。寝室では正月以来のセックスをして互いの悲しい気持ちを癒しあった。何度学んだもキスをし、抱きつき、もう離れないようにと手を何度も握り、脚をたくさん絡ませた。 「……そいやあさ」 「なあに、ミナくん」 　李仁は湊音に腕枕をして手を繋ぎ見つめ合う。 「シゲさんの奥さん、初めて見たけど綺麗な人だったね」 「そうね。シブくて高身長でダンディなあの人にはお似合いな美人さん……」 「李仁もシゲさんにお似合いだと思うよ。イケメンだし」 「ふふ、シゲさんはメンクイだからね」 「あー、李仁。自分がイケメンってこと？」 「イケメンよね？　ねぇ」 「うん、イケメン」 「でしょおー」 「娘さんも美人系だったしスタイルもいいし。やっぱシゲさんの娘さんって感じ」 「ねぇー、ほんと美人さんよね。真津さんの娘さんもそうだしぃ」 「……シゲさんの奥さんとは初対面だよね」 「う、うん。ヒヤッとしたけど多分気付かれなかった……と思うけど」 「女の勘は鋭いから察したかもね」 「……なんか視線は感じた。でもどっかのショーパブのオネエが常連のシゲさんの死を悼む姿って思われたかしらー」 「自分でオネエって言うかよ」 「……シゲさんは奥さんに同性愛者ってカミングアウトしたから多分相手がわたしってバレたかもね。なんか冷たいの感じた」 「刺されなくてよかったね」 「ほんとね……てかまだ明日告別式と火葬がかるから……また顔を合わすのが嫌だわ」 「今頃色々サーチしてるかもな」 「やだぁ、怖い。刺されそうになったらミナくん守ってー」 「一緒に刺されて同時に死ぬ、それがいいだろ」 「ヤダヤダっ、2人は死ぬ設定？」 　と冗談を互いに言ってみるものの、少しまだ寂しさは残る。 「でも遺品は真津マスターのところに行くそうだし、遺産問題とかもわたしには関係ないし……」 「……」 「でもシゲさんの遺品……もらえないかしら」 「……ソファーとかワインセラーのワインとか狙ってるんでしょ」 「そんなことないわよ……てかあのソファーとかベッドなんていらないでしょ絶対。どこの男抱いたかわからないし」 「李仁でしょ、絶対明日刺されるよ」 「やっぱり……？　って……」 　李仁は湊音を引き寄せる。 「李仁……」 　湊音は目を瞑る。何度かシゲさんの部屋には行ったが、初めて一人で来た時にベロベロに酔い、あの高級なソファーで寝てしまったことがあった。途中目が覚めると迎えにきたのであろう李仁がシゲさんと隣の寝室でセックスをしていた。 　湊音は声と音を聞いていたが李仁がものすごくメスになっていたと感じ、当時はまだ結婚をしてはいなかったが付き合ってはいたから少し悔しかった気持ちもありつつ、李仁の違う一面を知ってしまった時でもあった。 　ああ、あのソファーとベッドか、と湊音は思い出した。レコードプレイヤーもとても年季が入っていた。とてもおしゃれな大人の男の部屋だったと。 　あそこで李仁はシゲさんと愛を交わしていたのか。家族とも離れて、元恋人と……。 　だがあの部屋でもテーラーでも二人はよく笑ってた。 　とても様になっていた二人。悔しいが自分には敵わないと思った湊音であった。 　だが今、李仁は自分だけのものだ……とさらに強く李仁を抱きしめる湊音であった。