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第7話

 来た時と同じように、雪は雪の降る街をトボトボと歩いていた。  すっかり夜も更けて雪まで降り出しては、外を歩いている人もまばらになっている。今夜ばかりは、人気が少ないのは好都合だった。  雪の心を冷たくする人たちがいて、それによって冷えた雪の心から離れていく人たちがいて。  そんな雪の心から、離れていかない人たちもいる。 『好きやで』 『大好きやから』  なんてあたたかい言葉だろうか。  簡単であたたかな言葉。  けれどそれをもらうことがどれほど難しいか、雪はよく知っていた。  触れてしまえば、解けていく。  白い地面を見つめて歩きながら、誰にも握られていない自分の手をギュッと拳にする。 「……ん……?」  そうして歩いていると、ふと外壁にもたれかかっている人影が見えた。  そこは自分の住む部屋に向かう通り道にある、直の家だ。  裏手が店舗になっていて、こちら側は住居と倉庫がある。その外壁。  不審者か、と身構えながらソロリソロリと近づく。うっすらと積もった雪。  鼻までマフラーに埋もれて、コートのポケットに両手を突っ込み、寒そうに縮こまりながらも立ち尽くす背の高い人物。  すぐにその正体に気づいて、雪は慌てて彼に駆け寄った。 「な、ナオっ? お前なにしとん……っ!?」 「……ユキ、……おかえり」 「ただいまやけどちゃうっ」  耳も鼻も赤く染めてカタカタと震えながら迎えた彼──直に、雪はパシッパシッと積もった雪を払い落としてその顔を覗き込む。  どう見ても今出てきた様子ではない。  気温が低いぶんにはなんの問題もない雪と違い、直は普通の人なのだ。  ──こんなに寒い中で立ち尽くしていたなら、体を壊してしまうじゃないか。なんてことをしているんだ。 「なんで外出てんのっ? ぬくいとこおりって言ったやん! いつからおったん? はよ中入ろうやっ」  いつもいつも心配をかけるなというのに、という気持ちでその白い顔を睨みつけた。  本当は抱きしめて温めてやりたいが、雪に触れると余計に凍えてしまうだろう。せめてコートの裾をキツく握り、家の中へと引っ張る。  その瞬間。  裾を引く手を逆に掴まれ、グイッと後ろに引かれたかと思うと。 「ユキ、いっしょにおって……」 「──……!?」  氷のように冷たい雪の体を、直は全身であたためるように抱きしめた。 「っは、離せナオっ、心臓止まるぞ……っ」 「ええよ、止めてええ」 「アホッ」  長時間冬の夜に雪を浴びていた直が氷塊である雪の体を抱きしめるなんて、死んでしまう愚行だ。  必死に突き放そうと藻掻くが直は痛いくらいに腕の力を強めた。  雪の髪に冷え切った赤い頬を寄せて、掴んだ手に自分の手を絡めて握り締める。 「俺、ちゃんと伝わるように考えてん……」 「なに」 「俺、ユキが溶けへんように、ユキが……泣かんように、したかったんや」 「ッ……」  ビクッ、と体が跳ねた。  直の腕の中から出ようともがいていたのが、ピタリと止まる。抵抗をやめた雪を、直はいっそう強く抱きしめる。  寄せられた頬を伝う熱い雫が雪の凍った耳を溶かし、そのまま首筋を通って襟ぐりを濡らす。  ヒク、と頭の上で嗚咽が聞こえた。 「ユキがいっちゃん大好き、愛してる。だからどこにもいかんとって、俺といっしょにおってよ……」  低くか細い涙声で懇願され、ジィンと痺れる雪の脳。 「お前から離れる恋なんか、追いかけんでええやんか……俺やったら溶かさへん。ずっと抱きしめて、いっしょに凍えてもぜんぜんかまへんもん……俺にしときよ、お願い」 「っあ、ぅ」  そういう対象としてわずかも意識していなかった直に、突然そんなことを言われても、困ってしまう。  どう返事をすればいいのかわからない。  離れていく心を知って自分ではない者になら寄り添えることを知って、冷えた心にふわりと舞い落ちたあたたかい心たち。  〝好き〟〝大好き〟〝愛してる〟 「ユキといっしょなら、冷凍庫にも入るから」 「な、ナオ、俺、は」 「冷たくないねん。わかるやろ? …………お前に触ったら、俺の体は熱くなるんよ」  雪が焦がれて必ず失う熱は、もうずっと昔からそばにあったこと。  冷え切った胸の裏側から当たる直の胸は、泣きたいくらいにあたたかくて。  雪の瞳からは、溶けた心がポロポロと流れ落ちていた。

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