◇ 「湯呑落とすなよぉ。風呂沸かしてるから後で入るんやで」 「……いっしょに」 「溶けるわ」 　ペシッ！　と頭を叩くと、毛布にくるまって湯呑を持つ直はキューンと残念そうに鳴く。 　そんな顔をしてもだめだ。 　湯に浸かったら物理的に溶けてしまい、一瞬で幼児サイズになってしまうだろう。 　それ以上にはなったことがないのでわからないが、消えてしまうと流石に困る。 　ファンヒータのそばのソファーに腰掛ける直から離れた座椅子に座り、雪は口をへの字にして赤い頬を誤魔化す。 　──小一時間ほど前だ。 　この口下手で甘えたな幼馴染に、寒々しい外で抱きしめられながら告白されたのは。 　センチメンタルになってしまう日に胸に痛い光景を目にしてしまい、落ち込んでいた時に、友人二人と幼馴染の愛情コンボ。 　限界を迎えた雪が「死んでしまうから今言わんといてって言ったやんかぁ～……ッ！」と泣き出したのは、仕方がないと思うのである。 　泣き出した雪に驚いた直が雪を解放し、その直に向き直ってポカポカと直の胸を叩き出した。 　傍目にはわからないが、直はオロオロとして攻撃を受けていた。 　わかっている。理不尽なのは自分だ。ぐうの音も出ない。面目不甲斐なし。 　弱々しく連打した後、雪は困惑する直を泣きながら紺露家の中へ引っ張り込んだ。 　ぐす、ずび、と潤んだ瞳で鼻水をすすりつつ、甲斐甲斐しく世話を焼いて今に至る。 　直の両親が帰ってきていなくてよかった。 　どうにか泣き止んだ現在の雪は、いつもどおりのぼーっとした様子で緑茶をすすっている直を盗み見る。 　──返事を返す前に泣いてしまったが、聞き間違いでなければ、自分は愛の告白をされたと思うのだ。 　相手はずっとただの手のかかる幼馴染として接していた男、直に。 　まさか恋愛対象として考えたことなんてないわけで、雪は複雑な胸の内に食あたりのような曇りを感じていた。 　今の自分が直に恋をしているのかと言うと、よくわからない、だ。 　愛しているか？　──幼馴染としては。 　付き合うのか？　──付き合いたい。 　それはどうして？ 「……ナオ」 「ん……？」 　小さな声で呼びかけると、直は聞き漏らすことなくすぐに反応して、まっすぐな目で雪をじっと見つめた。 　その視線に胸の痛みが増す。 　逸らしてしまいたかったが自分を叱咤して、雪も正面から彼を見つめ返した。 「お……俺のこと、そういう意味で好きなんやんな」 「うん、愛してる」 「そか、うん。恋人として、その、つ、付き合おうとか、思ってるんか？」 「そやで。俺はユキの恋人になりたい。今までのユキの恋人が、羨ましくてしゃなかった。冷凍庫もらうまで我慢したんよ」 「それは別にいらん」 「そか」 　雪が泣いたものだから涙を引っ込めた直は、もうすっかりいつも通りの無表情だ。 　けれど吐き出す言葉はこれまで聞いたことのないような甘さを含み、嘘偽りなく想いのままをぶつけてくる。 　こうまでハッキリと愛されたことがなくて、雪の頬は赤みを増し、顔は一回り小さくなった気がした。 　流石に照れて溶けるわけないと思うが。ストレートな好意が嬉しくて、胸がドキドキと騒がしい。 　しかしこれは、恋ではないのだろう。 　ズルい自分をわかっているので、ゴクリとつばを飲み込む。 　大切な幼馴染のまっすぐな告白には、自分も心をさらけ出さなければいけない。 「俺は……つ、付き合っても、ええと思ったんや」 「！　ほんまに……？」 「でも！　でもそれは、ずっこいことで……」 「ずっこい？」 「ナオが好きになったわけじゃなくて……ナオをふったら離れていくんが、俺を好きじゃなくなるんがいややから……そやったら、好きになれるかもしれん可能性にかけて、引きとめようとしてるんやで」 「…………」 　目を合わせていられなくて、ぎゅっと目をつぶって情けない声で吐露した。 　恋をできるかどうかわからない。 　すぐには返事を返せないが、もし断って直が離れていったらいやだ。 　他の誰かに恋をして、雪への〝愛してる〟を忘れるのもいやだ。 　そんな意気地なしでズルい自分。 　最低のクズ。