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第9話
瞼の裏側で作った闇を見つめながら、深く吸った息を吐く。
こんなやつだと知られた時点で嫌われたっておかしくない。
けれど好かれ続ける自信がないのだ。
恋人として求められているなら、ひとまずそれを頑張ってつなぎ止めていたい。
「……かまへんか? クソ野郎でも。……それに俺の肌ってめっちゃ冷たいから、その……恋人らしいこと、なんもできへんで」
悪事を懺悔する罪人のような気分だった。目を開けられないばかりか、俯いてしまう。
それらしいことをなにもできない上に愛情を返せるかも定かではないまま、恋人になりたいと言うのだ。
自分が直だったなら、百年の恋も覚めてしまうだろう。
第三者だったとしても、酷い男だと冷たい目を向ける。
目を閉じて俯き、震えながら反応を待つ。
「ユキ、アホちゃう」
「うわッ」
突然──ソファーに座っていたはずの直の声が聞こえたかと思うと、雪の体はまたしてもキツく抱きしめられてしまった。
くそう、こいつはなぜ不意を打つんだ。
驚いて素っ頓狂な声をあげて目を丸めた雪は、直の幾分あたたかくなった体を思い切り押し返す。
せっかくあたたまったのにまた冷えてしまう。グイィ、と押し返すが、硬い体はビクともしない。
ジワ、とヒーターの熱で熱くなった直の腕の中で、雪の体がわずかに溶けた。
「待て待てっ、お前寒いし俺溶けてるって……!」
「寒ない。もうちょっとしたら離すから、溶けんといて」
「唇真っ青やんけ! 俺の一存で溶けんのまたれへんのッ!」
「今のは、ユキが悪い……」
──ああもう、こういう時の直はちっとも言うことを聞かない……!
慌てて暴れる雪を難なく押さえつける直は、拗ねたように青ざめつつある唇を尖らせ、雪を視線で責める。
「今までのんと、いっしょにせんといて……酷いわ……。俺は好いてもらえるかどうかで、恋する相手、選んでんのとちゃうで……。俺が好きやから、ユキがええんや」
「!」
「ユキやから大好き。だからかまへんよ、俺んこと、離さんとって……?」
「っん……っ」
「ひとりじめしてや……」
至極嬉しげにそんな言葉を吐きながら首筋に舌を這わせられ、雪は初めての感覚にゾクリと肌を粟立てた。
更にスリスリと頬擦りされ、「ユキはきょーから、俺のユキやね」と機嫌よくつぶやかれると、雪の頭は混乱を極めてしまう。
「そ、そんなんわからん……」
どうしてあんなに酷い心を明かしたのに、直はむしろ嬉しそうなのか。
雪を、嫌いになったりしないのか。
人に触られるのなんか慣れていない。
直の体温が惜しくて、突き放そうとする雪の腕の力が無意識に抜けていく。
「ナオ、お、俺、どしたらええ、の」
「うんって言って……?」
「う、うん」
「よし。これで俺はきょーから、ユキの俺やで」
ぐったりと直にもたれかかりながら、雪は〝恋人の直〟を手に入れてしまった。
こんなにあっさりともらっていいのか? こんな自分にあげていいのか? もっとよく考えるべきだ。
ぐるぐると思案する思考のまま、直を押しのければいいものを、どうしてもそれはできなかった。
とても、あたたかな腕の中だから。
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