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第10話

 ──そのうち。  直は大人しくなった雪を赤子のように「どっこいしょ」と抱え上げ、浮かれた足取りでよたよた歩き出した。 「ちょッ、な、なんで抱っこすんねん……ッ!? 重たいやろ、離せよッ。首にさぶいぼ立ってんでッ? 寒いくせにッ」 「寒ない。ほんまはお姫様抱っこしたかったんやけど……鍛えるわ。今度しよな」 「今度なんか永久にこんわ! ちょ、ちょうどこ連れてくんッ……」 「俺の部屋。セックスしよか」 「なんでやねんッ!」  ズビシッ! と最近で一番キレのあるツッコミを入れる。  こいつはなにを言っているのか。頭が寒さでどうにかなったのかもしれない。  風邪を引いたのかとも思ったが、当の本人はそのツッコミもなんのその。  軽やかな足取りでトン、トンと二階の自室に続く階段を登るので、安全性の問題から雪は暴れずにしがみつくしかなかった。 「……いっぱいしよ……」  いや、抱きついているわけじゃない。嬉しそうにされても困る。いっぱいされるのも困る。  そうこうするうちに直の自室に到着し、インテリアに無頓着な直らしい無地の黒いベッドへ、雪はそっと下ろされた。  足の間に膝を入れられて覆いかぶさるように押し倒され、薄いシャツの隙間から腹筋をなでられビクッ、と震える。 「ま、待ってぇよ! 俺の話聞いてたか? 服の上からでだいぶとさぶいぼたててんのに、じかで触ってたら霜焼けになるわ!」 「やってみやんな、わからんやん……それにさっき舐めた時、アイスみたいでいいなっておもた」 「よくない、ッ、ンッ」  良くないからやめろ。  そう言おうとした唇は直のそれによってあっさりと塞がれ、熱くヌメった舌が閉じた隙間を強引に割開いて侵入した。 「ぅ、……は……っ」  脇腹をなでられつい口を開くと、舌は口内へと進み、逃げ腰な雪の舌を絡みとって弄ぶように吸い付く。  上あごをなぞり、舌の根を擽られた。  離れたかと思えば、角度を変えてもう一度塞がれる。  口内を蹂躙しながらも直の手は雪の肌をまさぐってジーンズのフロントボタンを外し、下着の隙間に指を潜り込ませた。 「ンっ……ふ…ぅ……っナオ、いやや、ぁ」  チュプ、と舌が口内から抜き取られると、唾液で濡れた口元を拭いもせず、雪は緩く頭を左右に振って泣き出しそうな声をあげる。  素肌に触れられると、それが本当に冷たいことを知らしめてしまうのだ。  まるで雪のような体を実感されてしまうのがあまりに恐ろしく、雪はくしゃりと表情を歪めた。  直の手はピタリと止まり、覆いかぶさっていた体が起き上がって視界が明るくなる。  白熱電灯がブゥンと音をたてる静かな部屋でベッドに横たわる雪は、自分をキョトンと見つめる直にカァァ……、と紅潮した。  はだけた衣服。晒された素肌。  キスをしたのは、初めてだった。  その顔すら余すところなく見られている。恥ずかしい。  フイ、と顔を逸らして逃げると、直は手を伸ばしてその桃色の冷えた頬に優しく触れた。 「冷たいのも気持ちええよ……? ユキの口ん中、外っかわよりぬくいから余裕やし……」 「アッアホ言うなよッ。絶対冷たいやんか、いらん、いやや、やめェよ、絶対できへん、無理や、絶対途中で萎えるやん、こ、怖いわッ」 「やっぱり、アホやなぁ……」 「今日アホ言い過ぎやッ!」  しみじみと悪意なく罵られ、雪はなでられているほうと逆に顔をフイと背ける。  涙目になった雪としては、冗談抜きで本当に勇気のいることだ。  触られるといつもビクリと一時固まってしまうのに、熱い肌と触れ合って生ぬるい体の中に入られるなんて、未知であり恐怖である行為。  なあなあで恋人同士になった流れで、勢いのままされるものではない。

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