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第19話
その後は二人、食欲のそそる出店を煩悩の赴くまま堪能し、帰路に着いた。
なんやかんやで満喫している。
まぁ、言っても幼馴染みだ。
恋を意識すると多少緊張するものの、お互いのことは心得ているので無理することなく、自然体で楽しむことができた。
朝から半日以上の時間を共にした初詣が終わっても、特に気疲れもしていない。
直もあれこれと興味を持って動くアクティブな雪のノリに無理に合わせることもなく、静かに雪の後を着いてくるいつものスタイルに戻っていた。
満点の初詣だろう。
仮にも恋人とのではなく、幼馴染みとの初詣なら、だが。
(めっちゃ普通に遊んでもーた……!)
まだ空の明るい午後の道を歩きながら、雪はムス、と口元をへの字に歪める。
結局、直からキスの提案はなく、ハグやらツーショットやらなんやら、会話の内容もこれと言って恋人らしいことは起こらなかったのだ。
初めはドキドキと身構えていた雪も気が抜けて、素で楽しんでしまっていた。
白の積もった川沿いの並木道。
人は多くない。
「ナオはさぁ。なんちゅうか、俺とのこの試用期間、どない思ってんの?」
「どない?」
クリスマスから落ち着かなかった気分を今一度整理するべきと見た雪は、隣で歩く直をジト目で伺った。
直はキョトンと立ち止まる。
変わらない表情だ。
聞いたところで説明ベタで言葉足らずな直なので、雪はいつもなんとなーくでしか直のことがわからないのだが。
「恋人やと思ってる」
「仮やん」
「でも、恋人やで」
「やから仮やろ? 仮やったら本があるやん。やって、俺はほら……まだ、お前のこと恋愛的に好きになれてないわけやし」
──そんな自分とこのままでいいのか、本当の恋人同士になりたいのか、直の目指す考えが聞きたい。
モゴモゴと話した。
恋愛的に意識をするようにしてから、そういう対象として見られているとは思う。
けれど恋をしているのかと言うと、たぶん恋ではない。気になる人くらいだ。
それも、自分の仮恋人だから気になるのだろう。恐らく。
改めて考えると、キスをされるかも、と期待していた自分がずいぶん恥ずかしい男な気がした。
結構なクソ野郎だ。
バツが悪くて、直を伺う。
直はしばらく考えてから、あっけらかんと返答を口にした。
「俺は……仮とか、あんま関係ないねん」
「は?」
予想外の発言に、雪はポカンとする。
どういうことかと尋ねると直は説明を始めたが、それもなかなかおかしな話だ。
「恋人なったら、ユキがどこにも、行かんから」
「なんやそれっ。ほんだら恋人でも俺にちゃんと好かれんでもええんか? でもナオ、俺に一緒におりたいって言ったやん」
「ゆうたよ? それは、ユキが俺のこと好きちゃうくても、俺はユキといっしょにおるってことやで……」
「はぁ? そんなん不平等やし、俺は好きでもないナオとずっと付き合っとかんなあかんくなるやろ? 俺はお前のこと好きになれるか真剣に考えてんのに、お前がどうでもよかったら意味ないやんっ」
「ユキ、なんで怒ってんの……? ユキは俺のこと頑張って好きにならんでええやん……俺がええって言ってんのに」
「俺はいらんから怒っとるんや!」
怒らないで? と視線で訴えしょげる直の背中を、雪はバシコン! と強めに叩いた。
だって、直はバカだ。
雪の気持ちをちっとも考えていない。
長い片想いを諦めなかったほど雪を好きだと言いながら、雪の好きだはなくてもいいのだと言う。
それは結局、雪の気持ちはなくてもいいということじゃないか。
雪の〝キスがしたい〟も〝寒がらせたくない〟も〝無理させたくない〟も〝好きになりたい〟も、全部全部、なくてもいいということじゃないか。
「あぁクソッ……!」
「ユキ……?」
ずいぶん酷い拒絶をされたような重さを胸に抱え、雪は頭をガシガシと乱暴に搔きまわした。
深呼吸をして冷静ぶる。
心臓がバクバクとうるさい。
「ごめん。ちょっと、一旦帰る……ナオが悪いんとちゃう。でも今は上手に話せへん……」
「ユ、ユキ」
「……初詣のお祈り、言い換えるわ」
戸惑う直に背を向け、一呼吸毎に重苦しい不要な気持ちを丁寧に抱きしめる。
「俺は、真冬に一緒に過ごしてくれるクリスマス前に別れへん恋人が欲しいんやなくて──……好きな人 と、ずっと一緒にいたいんや」
一人ヒョコヒョコと歩き出してから、雪は願い事は口に出すと叶わないと言われたことを、思い出した。
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