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第20話

 雪はとぼとぼとあてもなく歩いた。  直に酷いことを言ってしまった。  振り向いても直が見えなくなる頃には、さっきの自分を見つめなおして足の重みが倍増したくらいだ。  直の告白に最低な返事で頷いたのに、直の気持ちに応えていない今、自分の感情を押し付けてしまった。  自分が悪いことはわかっている。  だからとぼとぼと一人歩いている。  しかし「ナオかて酷いこと言うたやん」と拗ねる自分もいるから、別れた場所へ戻ることも連絡をすることもないのだ。  はぁ、と溜息を吐く。  それほど白まない吐息。冷たい身体。  ──そんな身体を好きだと抱きしめた、直を想う。  直の言い分は、本当はわかっていた。  直の愛し方は、とても柔らかい愛し方だ。  幾人の恋人と出会っては別れる雪を静かに見守っていた直は、雪をもう泣かせたくないから、秘めた想いを明かしてくれた。  恋人のポジションを得れば、浮気をしない雪はずっと直と付き合う。  直が別れなければ、雪はもうさよならに怯える冬を忘れられるということだろう。  直はそうしたかった。  そうしたかったから、雪が直を好きになるかどうかは関係なく、自分が雪を好きだからひとりじめしてほしいと強請ったのだ。  こうすれば、貴方は一人にならないでしょう? と。  ──俺は……雪の道で俺の手を握ってくれる恋人やったら、誰でも幸せなわけとちゃうんやで?  そんな直の想いを冷静になるとちゃんと理解できる雪は、理解した上で、グッと拳を握った。  雪は、直を好きになりたかった。  冷たい身体を抱きしめてくれるから直を好きになろうとしているわけじゃない。  なんの見返りも求めない直に悪いから好きになってやりたいわけでもない。  好きな人に、触れたい。  好きな人と、ずっと一緒にいたい。  ささやかでシンプルで、されど苦しく困難な大望。  それを抱く雪は、〝雪が好きだからずっと一緒にいたい〟と言った直と向き合うと、当然のように〝直を好きになりたい〟と願ったのである。  真剣に直を好きになれるか考えたい。  考えている間に心変わりをされると嫌だ。だから告白に頷いてもいいか。  クリスマスのあの時、雪はそう言った。  直と真剣に向き合って、それでも好きになれないのなら恋人としてずっと一緒にいたって意味がないのだ。  直とさよならは寂しい。直を好きになりたい。  手を繋いでくれる人だから好きなわけではなく、直自身を好きになりたい。直自身に恋がしたい。  だから意識する。自分もなにかと考える。ドキドキ、ワクワク、話をして、歩み寄りたくて、寄り添いたくて。  そうして直を好きになりたい雪が直を好きになるために行動してみることを──直は、そんなことしなくていい、と言った。  そう言われた雪は、直に「お前を捨てない人間なら、相手は誰でもいいんだろう?」と、そういう男だと思われている気がしてしまったのだ。  無理に頑張ってなんかいない。  頑張ることは向き合うことだ。  直を好きになることも二人の方向性を確かめることも、直と付き合い続けるための努力の一端に過ぎない。  雪はそうしたいからそうしていた。  しかしそれを要らないと直に言われてしまうと、雪はもうどうしていいかわからずに混乱し、逃げ出してしまった。  自分で思っていた以上のショックである。  心臓をムギュッと雑巾絞りの要領でねじられ、行き場のない血液が胸の本来入らない部分になだれ込んだ気分だ。  息はし辛く声は出ない。  代わりに喉奥がキュっと縮こまる。 (……でも、ナオも、痛そうやったなぁ)  雪はピタリと立ち止まった。  別れ際の直は何度も雪の名前を呼び、雪の怒りなんてわからないくせに雄弁な瞳で、嫌いにならないで、置いて行かないで、と訴えていたことを思い出す。  最後の本音を漏らした時は背を向けていて、それを聞いた直の表情はわからない。  だけど直は、人一倍雪の痛みに敏感だ。  自分が雪を傷つけた時。直は幼い頃から気の毒なほど青い顔をして、黙り込んでしまうきらいがある。  そして雪が直を許してようやく、ユキ、と口を開くのだ。  ──もしかして、自分を呼び止めることも追いかけることもなかった今日の直も、自分の帰りを黙って待ち続けているのかもしれない。 「っ、ナオ」  そう思うといてもたってもいられず、雪は来た道を戻ろうとしたが、突然の着信音が待ったをかけた。  画面を見ると友人の徳富だ。  雪はそそくさと緑のボタンを押す。 「あけおめことよろとっくん! 俺ちょお用事あるんやけどなにっ?」 『あけおめことよろユキち! 今から〇〇神社の近くの並木道のベンチんとここれるっ? 緊急事態!』 「はっ……!?」 『なおりんが死にそうや!』

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