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第21話

 ◇ 「……で。どこが死にそうなん」 「見るからに死にそうやろ? ほら、ユキちに捨てられたら生きていかれへん大型犬やん? なおりん」 「物理的に死にそうなんかと思ったやんけアホッ!」  徳富から連絡を貰って急いで現場に急行した雪は、真面目に直を指差す徳富を殴りたくなった。  そこにいたのは、ベンチで膝を抱える直である。  隣にいるのはもう一人の友人、三井。 「なぁなおりーん。なんでこんなとこにおんの? てか一人? 年始からアクティブなんめずいやん?」 「…………」 「や、なんか言うて? 俺の声聞こえてへん? この距離でシカト? それともガチめに絶望しとる? マジでヤバイやつ?」 「…………」 「一貫してシカト……!? なおりーん! 俺らも結構付き合い長いやんっ? 大学で会うたら普通に挨拶するし連絡先知っとるしユキち抜きでも全然喋るやんっ? 知り合いよりは友達に近しい位置におると俺は思っとるんやけどそこんとこどうなんですかねっ?」 「…………」 「ちょおほんま返事してって! いきなり川とか飛び降りそうで怖いねんけど! てかもう死んでるとかないよな!?」  軽いノリで直に話しかける三井に対して、直はなにも答えず顔も上げず、プルプルと震えるばかりだ。  雪がいることにも気づいていない。夜が来たって動かなさそうな体たらくである。  徳富によると、直と先約があると断った雪を抜きに二人で初詣をした帰り、捨てられた直の成れ果てを発見して保護したらしい。  しかし保護したものの直の言葉がよくわからず、首を傾げているうちに一切喋らなくなってしまったとのことだ。 「どうしようもないから飼い主呼んだ次第〜」 「飼い主ちゃうけど、ナオはこうなったらあかんねんなぁ……!」  無口で口下手で不器用で変わり者の直。  大人にすらなにを言っているのかわからないと見限られ、その独特の思考や行動パターンに首を傾げられてきた。  なので自分の言葉をうまく伝えられない続きだと申し訳なくなり、伝えることをやめてしまう。  こうなるとてこでも会話しない。一晩過ぎるか違う話題を振れば会話が始まるが、それを知っている人はあまりいない。 「あ〜も〜……!」  雪はあちゃあと額に手を当てて唸り、膝を抱える直に近づいて行った。  やはり直は沈黙し、雪を待っていた。  もともとそんな直を放っておけずに戻ってくるつもりだったわけで、そもそもの原因は自分だ。  直の座るベンチの前に来て、雪は三井に手振りで静かにしているよう頼んだ。  オッケーと丸を貰ってから、直の足元にしゃがみこむ。 「ナオ」 「っ、……」  ポン、と頭に手を置いて呼びかけると、直は一瞬大きく震えて、恐る恐ると伏せていた顔を上げた。  泣いているわけじゃない。  見てわかるほど悲しんでいるわけじゃないが、雪からすると直は怯えた表情をしている。 「もうええから、丸くなんな」  雪が許しを与えると、雪を見つめる直は、死にそうな顔を泣きそうな顔へと(ほど)いた。 「ユ、ユキ……」 「なによ」 「ごめん……」 「ええて」 「俺、いらんことばっか言う……」 「ええって言ってるやん」 「でも、俺……」 「ええの。俺ごめんて言うたやろ? 俺かていらんこと言うたんや。ナオのそうゆうとこ知ってて毎度揺れる俺が、難儀なやっちゃ。ほんま、悪い男やで」 「ユキ……ユキは悪い男ちゃうよ……」 「っ……」  小さな声をかけ続けて雪がきちんと返事をすることを確認する直は、フルフルと首を横に振る。  平均よりぐっと大きな体を縮こまらせて自分に縋る直を見ていると、雪の胸がささやかに疼いた。  直は喧嘩をした時、絶対に雪が悪いとは言わないのだ。  謝るのはいつだって雪からで、雪が許さなければ黙りこくって動かなくなる直を許さなければならないのも雪だが、直は雪を、心底から素敵な人間だと信頼しきっている。 「……嫌いに……ならんといて……」  キュ、と雪の手を握ってそう言う直を、雪が許さなかったこともない。  雪はじんわりと溶けかける頬の熱を空いている片手で拭い、直の手を握り返してグッと引いた。  離せとがなった手を握り返す。  これは結構、大きな一歩のつもりだ。 「っ、ユキ……」 「嫌いになんか、なるかボケ。いらん心配しとらんとみっちゃんととっくんにごめんなさいしぃや。ガン無視すな」 「あ……うん」  ビクリと驚いて立ち上がった直を誤魔化し、話題をすり替えて知らんぷりをする。  直は雪の手を握ったまま、ずっと隣で黙っていてくれた三井と見守っていてくれた徳富に「ごめんなさい」と頭を下げた。  謝る直に三井が絡み、その流れでさり気なく直の手を離す。  離したいわけじゃなくて霜焼けになったら可哀想だからだ。だから寂しげなオーラを出すな。  照れくさくて、雪はそそくさと少し離れていた徳富の隣へ移動する。 「ユキち、なおりんのこと好きなん?」 「……。い、いきなりなに言ってんねん。俺とナオはいつもこんなんやろ?」 「や〜なおりんはユキちの忠犬やけど、ユキちは手ぇかかる弟の世話してるみたいな感じやったやん? 今日はなんか違う気ぃして」 「エスパーかとっくん」 「ほななおりんのこと結構好き?」 「ほなの使い方おかしいわ!」 「ほなちょっとは好き?」 「だからッ」 「ほな好きかもしれん気ぃしてきてんの?」 「…………」  そういう言い方はズルい。  ニヤニヤと心底楽し気なエスパー徳富から目を逸らした雪は、なにも答えずにそっぽを向いた。

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